kozosannokotoの日記

コーゾーさん81歳、左半身不随意、売れない絵描き。そのコーゾーさんの娘が書く介護日記です。

あのコは加工肉が好き (間借り)

 

 

#4

 

誰だか知ってる人へ

 

 

 

 

 

 

雄山羊は彼らのすべての罪責を背負って無人の地へ行く

雄山羊は荒れ野に追いやられる

 

レビ記 16-22)

 

 

その夜はお寿司だった

近くの回転ずし屋にケータイでお父さんが注文していた

「特上にするぞ」と、お父さんは言って、

でもあたしは生魚が無理だから、なっとう巻きと、たまごと、アナゴを別で頼んでもらった。

 

家族の誰もが大して食欲は無かったけど、特上を三人前とあたしのお寿司をお父さんは頼んだ

犬が死んで骨になったそれまで、

一昨日の晩からほとんど家族全員眠っていなかったので

「お疲れ会」の様に、あたし達は晩ごはんの用意をした

 

うちの犬は三日前の晩に急に具合が悪くなって

お父さんとお母さんは夜中に救急のどうぶつ病院に犬を連れて行って

その晩は入院させた

 

翌朝、具合は更に悪化して延命治療しか残されていない状態だと病院から連絡が来た

 

「入院先でひとりぽっちで死んじゃうのはかわいそう」

と言って、お母さんは犬を連れて帰る決心をして

お父さんもそれに同意して、会社に行った。

 

連れ帰った日に、犬は死んだ 金曜日の夕方

あたし達は間に合わず、お母さんが看送った

 

帰ってからあたしたちは わんわん泣いた 

お父さんがあんなに泣くのは初めて見た

お兄ちゃんは部活の合宿で、その日は居なかった

 

8月の特に暑い日で、

小さな遺体が腐らないように、冷房を強めにして

アイスノンや保冷剤で犬を包んだ

 

リビングの真ん中に犬の遺体を置いて、

お墓参りで使うお線香をたいた

 

眠れないで疲れていたので、

みんなで犬を囲んでフローリングの上でゴロゴロして

お兄ちゃんが帰って来るのを待った

犬を焼くのはその後にした

 

ちょうど土曜日だったから お父さんも家に居れた

「きっと犬は日を選んでくれたんだよ」と、お母さんが言った

 

横になりながら犬の顔を見ていると、また涙が出た

眠っている時と変わらなく、かわいく見えたから

 

一人が泣くと、みんなつられて泣いてしまう

 

昼12時過ぎにお兄ちゃんが帰って来た

 

お兄ちゃんは、リビングに入って静かだった

お父さんが「あげてやって」と、お兄ちゃんにお線香を渡した

 

お兄ちゃんはちょっと躊躇いながら、お線香をもってライターで火をつけた

 

「息吹いて消しちゃだめだよ。手で仰いで消して」

と、お父さんが言って、お兄ちゃんはぎこちなく手を仰いだ。

お母さんが「うちのこ、お線香のあげかた知らなかったのね」と言った 

あたしも知らなかったから

 

お兄ちゃんとお父さんは、小学校の頃ぶりに、普通に話した

 

だから、この数分が本当は家族全員ぎこちなかった

 

お兄ちゃんは、やさしくて固い顔で、家族に見られながら

だから緊張して

冷たくなった犬の小さな頭をそっと撫でていた

 

 

動物の火葬車は、午後三時に予約が取れた

家の前で近所の子達が遊んでいたので、離れた場所に借りてる駐車場を使って

火葬をして、骨もそこでみんなでひろった。

 

 

晩ごはんのお寿司は、ひとつのテーブルをみんなで囲んで食べた

いつもは、ダイニングテーブルとローテーブルに分かれて食べてたけど

 

犬の骨壺はテーブルの上座に置いた

誕生会みたいだな と思った

 

居なくなった犬の話をいっぱいした

それでみんな、くたくただった

 

 

 

「肝臓も肥大しいて、すい臓にも…このボコボコと丸く見えるの分かりますか?おそらく腫瘍です

それで、心臓が…この真ん中の影になっているところ…これが異常に大きくなっている。原因は心臓の周りの膜に水…まぁ、血なのですが、水が溜まってしまっています。

それが今、心臓を圧迫していてうまく動いていません。まず、緊急に水を抜く手術をしたいのですが…」

 

数カ月前の血液検査とは比にならない悪い数字が並んでいた

どういう事なんだろう?

肝臓の数値が前回より悪いので冬にもう一度検査した方がいいかもしれない。とは、かかりつけのお医者さんは言っていたけれど、それ以外は異常無い診断だった。

 

毎年、検査結果は良かった

 

老犬といっても、こんなに急にすべてが悪化する訳が無い

 

内臓全て、こんなに悪いなんて

今の状態からしたら、きっと普段から具合悪かったはずなんだけれど

犬はその朝は早朝に私を起こして、いつもの調子でご飯食べていた

 

救急病院の獣医師が「心臓にも腫瘍があります。溜まっている血は、おそらく腫瘍からの出血の可能性があります。全身を回る場所なので痙攣起こしたのも、脳へ腫瘍が転移している可能性も…」

 

どんどん気が遠くなる。ショックで貧血を起こしている。でもどうにか聴いているフリをした。

 

「明日にかかりつけのお医者さんに連絡をとられるまで、入院するかご夫婦で話合ってください」

 

待合室に返され、ソファに倒れた

 

「大丈夫か?」

「かわいそう 気づいてあげれなかった 馬鹿だった」

 

涙がにじむが、そんなのも自分に対する憐憫の様で、情けない

最期に苦しませた

 

「…いや、もう年寄りだからな」

 

と、夫は言った後に、入院させよ と言った

 

次の患者に取り掛かって、もう深夜の獣医は忙しそうに狭い院内を動き回る。

建物の外観からして元コンビニをリフォームした病院で、待合室のすぐ横にパソコンのデスクがある

人の病院ではありえないような構造だけれど、同じな訳はない

対応は人の病院以上に丁寧だ なぜそう感じるんだろう

 

「…あのコ、ブドウ飲んじゃったんだって」

「なんで知ってるの?」

「さっき、電話対応してるのが聞こえた 隣の区から来てるよ」

 

待合室からも良く見える診察台で、ムク犬が大人しく注射を打たれている

その後、吐かせるようだ

犬に食べさせてはいけない人間の食べ物を、うちは大して意識しないでいた

獣医には内臓の状態で、すぐに判断出来たろう

 

「いろんなモノ食べさせちゃったね、うちは」

「十分長生きで、好きなもん食べたんだよ 人間だって…そうだろ」

 

駄目だ、都合よく考えられない

 

担当獣医が次の診察が一段落した時に、また呼ばれた

入院の手続きをお願いした

 

「詳しい原因は、わからない状態です。持病だと思って下さい」

と、獣医は気遣ってくれた

 

 

 

深夜2時過ぎ

雨が降り始めた

 

 

 

 

 

犬は気が付いたら居た

俺と誕生日が数カ月しか離れていない

だから、犬は本当に家族みたいな感じだけど

あいつは俺の事を好きだったか知らない

 

父さんは24歳で俺の父さんになった

大学出て2年後って思うと、早いよね

でも、父さんは高卒で直ぐ就職したから

社会人5年目 …それも早いけど

 

俺には無理 絶対いやだ

でも、父さんは24で俺の父親になって

俺は父さんに懐かない赤ん坊だった

 

生まれながら相性が悪いんだよ

血のつながりとか、関係なく

 

母さんは「そうじゃなくてね」と言っている

「あんた、初めての子だったから爺ちゃん婆ちゃん含めて、あんたの取り合いになっちゃったの

赤ん坊は大人のそんな事情は関係ないけど でも、なんとなく不安になっちゃったのかもね それであんたは赤ん坊の頃、お母さんが居ないとダメになっちゃったの」

 

神経質で扱いにくい子供だったって事か

 

4,5歳の頃、父さんと二人で留守番が心細かった記憶はある

ギャン泣きして 怒られたような

別に虐待されたわけじゃ無いけど 

この人の前で泣いたら怒られるんだと思った

 

妹が生まれて、やっぱ俺は男だからって

なんか距離取られてたと思う 実際

爺ちゃんは逆に 長男だからって、俺を特別に持ち上げる

 

父さんは爺ちゃんに俺を譲りながらイライラしている

父さん自身は次男で 

長男の忠雄おじさんと差を付けられて育った

 

俺は凄く父さんの様子を伺っていた

 

なんか思い出したんだ

 

爺ちゃんと父さんでは、対応が真反対で

「男だから」って動機はおんなじ

 

子と孫は違うとは言うものの 小学生の頃は混乱した

どっちに行っても家から捨てられる気分になった

 

犬はウチに居て、そんな事は感じたりしたことは無かったのか?

犬なんだからさ …犬だからか

そんな危機意識無く16年以上過ごせてた感じ

 

中学の頃、仲世が帰りながら自分の家の犬の話した

寂しいと、側に来てくれる とか言ってた

ほんとかよ?とか思ったけど、女子にそういうと機嫌悪くなると思って

ふうん とだけ返事した

仲世のこと好きだったか実はわかんないけど

なんか一緒に帰ってた時期があった

 

犬ってそんなところない?って仲世に訊かれ、返事があいまいだった記憶がある

「…家で俺、ボーっとしてるから」

「ふーん………うちの犬は居てくれる」

 

…なんでそーゆー話になったんだっけな?

仲世の言い方で、あれ?がっかりさせたか?って思った

でも、うちの犬は父さんの座る座椅子に寝っ転がってるもんだったから

しんみり犬は浮かばなかった

 

俺は父さんの座椅子に座ろうなんて思ったことは無いから

犬のやることは、そんなもんだと思ってた

仲世ががっかりしても、俺はそんな気にしてなかったかも

 

だから、仲世はあの日帰ってから、

犬に側に居てもらってたかも

 

合宿終わって、学校で解散してから

そんなことを考えながら 家に帰ってた

変な事思い出してた

 

家の玄関に入ったら、部屋が線香臭かった

犬はいつも寝てた犬クッションの上に寝かされていて

犬のお気に入りのブランケットがかけられていた

 

父さんはその隣の父さんの座椅子に座って

「おかえり」と、俺に言った

 

その人は、とても寂しそうだった

 

 

 

 

 

嫁からLINEが届いた

間に合わなかった

 

おじさんが電車の中でボロ泣き

 

間に合わなかった

 

行っちゃったか……

 

満員電車の中、無理やりドア側に移動した

…昨日からの雨が降っている

 

窓の外に広がる真っ暗な街で

窓ガラスに反射している

自分の顔が見える

 

 

 

帰らなきゃ…

 

…帰んなきゃな…

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

去年の夏、コーゾーさんの入退院には何でか台風がついてきた

抗がん剤治療を始めるため、8月9日に入院して14日に退院のはずだったけれど、薬の副作用の関係で退院が延期になった。

コーゾーさんが副作用の下痢でうんうん唸っているあいだ、病院の外の世界では台風が通り過ぎて行った。

一人残る奥さんが心配だったけれど、ヘルパーさんがちょくちょく顔を出すので、それでなんとかなった。良かった。数カ月前に倒れたとは思えないほど回復していてくれている。

 

それで私は、退院予定だった14日は汚れた洗濯物を受け取りに八王子へ向かった。

台風は前日に過ぎて、その日は晴れていた。

洗濯物はずっしり重くなっていて、全部ぬれていた。

渡されるとき、看護師さんに特に何も言われなかったけれど、漏らしたらしい。

漏らしては着替え、漏らしては着替えをしてた。紙パンツ持たせてあげたら良かったな

 

半身不随の身体で、衰弱して下痢したらそりゃ間に合わないだろう。下着は軽く水洗いだけしてくれていた。

荷物を受け取ってから携帯にコーゾーさんから電話が入る。

洗濯物が漏らして汚れている事を非常にすまなそうにしている。

「いいよ、いいよ気にしないで。抗がん剤大変だったね。大丈夫?」

「うん、今はね。大丈夫なんだけど」

「薬、結局は始めることになりそう?副作用が酷かったら辞めておくって先生言ってたじゃない」

「うん、なんかね…便秘だったから下剤も一緒に飲んでたし…抗がん剤は飲んでいくみたいよ」

 

…え?そうなの? 下剤一緒って…じゃあ副作用とも言えないのでは…?

 

いまいちピンと来ないが、本人が承諾したのでその二日後の退院から抗がん剤の指導が始まった。

二週間飲んで一週間の間を開ける。が、投薬のペースになる。

そのための手帳も渡される。毎日の体温、食欲や排便の様子も記入する欄がある。

きっと、そんな几帳面に毎日書けないだろうな性格的に…といった予測は結局当たる。

 

そもそも、毎日の薬もちゃんと飲んだりしない

一回に6錠ほどの薬を一日三回、それプラス抗がん剤の管理が入る。

そんなの、コーゾーさんが出来るだろうか?…といった判断を最初のうちから私がしたら良かったのだが、いつもの「子ども扱いするな ずっとやってきているんだから」を、そのまま鵜呑みにした。

コーゾーさんの「ちゃんとやってる」は、昔からだいたい嘘なのだ。

 

鵜呑みにしたのも、信じたんじゃなくて私自身がなるべく関わりたくない気持ちが強くなっていたのだと思う。

この時期、なんだかやたらナーバスだった。たぶん、老夫婦が退院したての頃に露骨に出した私の母親に対する印象に、根に持っていたんだろうが、あれだけ注意した食生活は元に戻ってしまっていたのも関係している。

料理担当のヘルパーさんを味が口に合わないから外してくれと、ケアマネージャーのKさんに伝え、料理は二人ですることになった。

Kさんから連絡があり、やはり食生活管理は二人で大丈夫だろうか?と言われる。

大丈夫な訳がないが、コーゾーさんは言ったら聞かない。血糖値はやはり悪くなる

 

胃が亡くなって数カ月しか経っていないので、コーゾーさんも体調はなかなか戻らない。毎日行っていた散歩も行けず、寝込むことが多くなる。

抗がん剤の影響か、血糖値が芳しくない影響か、胃が無くなった影響かわからないが、いつも体調がすぐれない様子だ

…たぶん、全部が影響している。

一つ良かった事は、噛めないと消化が難しいため、Kさんが毎週の訪問歯科の調節をしてくれた事。思った以上に早く入れ歯が出来上がった。

 

何故か同時期、担当医の機嫌も悪い。なにがあったのか知らないが、診察の時イライラ対応されることが多々あった。

ざっくり感じたのは「彼女は忙しそうだ」ぐらい。

そんな状態で真面目な担当医に、いい加減な老人の自己管理(話は要領を得ず、たいてい長い)。もちろん手帳記入は怠っていて、しかも手帳そのものを忘れてくる。相性最悪。

 

総じてみんなで機嫌悪い

 

「(血糖値)どんどん悪くなりますね。ちょっと、こちらだけの判断で薬出す訳にいかないんで、この病院の糖尿科、このあと予約とって、受診してください。」と、早口に言われる。病院通いの日程が増える。

 

夏が過ぎ、秋に差し掛かっていた

下半身のCT検査を終え、膀胱に白い影が見つかる

「とても小さいので、すぐにどうと言う訳は無いと思いますが、泌尿器科に一度受診お願いします」

 

泌尿器科か…。

その前に、糖尿科で言われた眼科の受診をしないと。あと、脳外科も随分行っていないので、検査しないとならない。

 

コーゾーさんの最寄りの駅の眼科を予約して、その日は駅前で待ち合わせした。

イートインがあるパン屋で、お茶飲んで待っていてとコーゾーさんに言われる。

 

時間より少し早めについて、そこでお昼にしようと思っていた。

早めと思っていたけれど、コーゾーさんも直ぐにやって来た。

コーゾーさんは時間を勘違いしていた。

奥さんとも一緒に来ていて、受診の30分後に待ち合わせて買い物して帰る、とのことだった。

 

「…え、この病院午後は診察2時からだし、予約受付無いから待たされるよ?」

「あら…どうしよう。まぁ、いいや、待ってる場所わかってるし」

 

わかってるって、待つ方は何時間待つと思っているのよ

遅くなると電話させるが、何故かなかなか繋がらない。待ち合わせ場所に行ってみるが、そこには居なかった。

2時近くに、着信に奥さんが気づいた様で電話をくれた。

「…あぁ、あのね今まだ診察してなくてね…うん…すごい混んでて待たされてるから、あと…1時間かかるかも…」

 

…まだ受付もしてないっつの…時間間違えたとは言えないのね…

 

結局そこから1時間半後に診察は終わる。

昔やっていた白内障の手術はちゃんと定着していて特別な問題は無く、糖尿病の影響も出ていなかった。

ここ最近で初めて「特に問題ない」という診断だった。

コーゾーさんは精神的に少し元気になった感じだった。

 

駅ビルを出ると、あたりは夕暮れに包まれていた。

奥さんが待つイトーヨーカドーの飲食コーナー、ポッポに向かう。

二人はそこを「大判焼き屋」と呼んでいた。

奥さんは買い物カートに既に買い物を終えていて、私たちを待っていてくれた。

 

「お待たせしちゃって、診察は特に問題なかったですよ」と告げる。

内臓とは関係ないけど、奥さんも嬉しそうだった

 

特に問題は無い すばらしい。

 

これから、二人は帰ってから夕飯の支度をするんだな

 

 

「おつかれさま、またね」とコーゾーさんに言って、私も帰った。

そのころは、犬が家で留守番していた。