kozosannokotoの日記

コーゾーさん81歳、左半身不随意、売れない絵描き。そのコーゾーさんの娘が書く介護日記です。

愛されるアホ 東海テレビ制作ドキュメンタリー「ホームレス理事長 ~退学球児再生計画~」について(これはブログです)

 

「99%角(かど)を取った人が勝つと思っている。

けど、世の中はまだチャンスがある」

 

 

角とは何の角かと言うと、ボードゲーム『オセロ』の盤の事。

深緑色をした、正方形のマス目が引かれた、あの盤。

世界的に有名な、白と黒のコマのせめぎ合いゲーム。老若男女、国籍問わず誰でも出来る。凄くシンプルでメジャーなゲームなので、勝利のセオリーもおそらく有名。

ボードの四つ角を先に多く取った者が、勝ちに近づく。

 

それで、冒頭の言葉に戻る

 

「99%角(かど)を取った人が勝つと思っている。

けど、世の中はまだチャンスがある」

 

私は彼の言う、その99%のうちの一人だ。

そうか、角を取る以外の勝ち方があるんだ…ふうん。

 

「彼」とは、今は無きNPO法人ルーキーズの理事長、山田豪。当時44歳。

2013年に東海道テレビで放送されたドキュメンタリー番組、

『ホームレス理事長 ~退学球児再生計画~』の主人公になる人物である。

 

山田理事長は、1パーセントの勝利を知っているのか…それはすげぇな。

と、思える事は冒頭から無い。

無いと言ってもゼロでは無いけれど...。

だって、これからドキュメンタリーは始まるんだから。

しかし、ほぼ無い。

 

彼は家賃滞納でマンションを追い出され、転々と泊り歩いているネットカフェで、この戦法哲学を話しているのである。オセロのネットゲームをしながら...。

本人に最初から「負け」の要素が多い。

乗っていた車も、クラウンから軽自動車に変えて移動はじめた。

その様子に私は、映画「がんばれ!ベアーズ」のバターメーカーが浮かぶ。

過去のマイナー・リーグの活躍で買ったであろう高級車を、選手引退して清掃員になっても持っていた。

ドキュメンタリーは映画とは違い、勝利のクライマックスに行くか行かないかの脚本が有るわけではない。

後々、山田理事長が高利貸しの金融会社からも断られ、撮影スタッフに土下座して借金の申し入れをする、前代未聞のシーンだって、脚本は無い。

 

どんだけ負け越しているんだ。大丈夫か。...大丈夫じゃ無いな。

大丈夫じゃないじゃないか。

…?…けど言っている事はズレてはない........

 

この時の山田豪の姿は、99%負けている人だ。

 

勝負師、山田の1パーセントとは、いったい何であろうか。

2010年に発足された「NPO法人ルーキーズ」とは、いったい何を目的としている団体なのだろうか。

 

山田理事長は、元々名古屋の商業高校で6年間野球部の監督を務めた。

そこから経緯はよくわからないが、野球部をドロップアウトして高校を中退した子供たちに、高等学校卒業資格を取得できるようにサポートしながら、野球を通して再チャレンジの教育支援をする特定非営利活動法人NPO法人)を設立。自身が理事長を務める事となった。

これがNPO法人ルーキーズだ。

チーム名のルーキーズは、ドラマ化もしている大ヒット少年漫画『ROOKIES』から取っている。

 

人脈をどう集め、その経営を具体的にどこまで考えていたのか...

ほとんど、一人で考えて動いたのかな?とも思う。

 

山田理事長が一人でずっと資金集めをしつつ、全くお金が集まらないし、新入生もなかなか入って来ない。

何人かのスタッフらしき人も、それに不満を言いながら、これといった案が有る様子も無さそうだ。

教育支援機関に関する具体的な経営経験者は、(ゼロでは無いにしろ)居ないようである。

数年で、経営は崖っぷちもいいところのどん詰まり状態になっていた。

 

このドキュメンタリーの特徴は「NPO法人ルーキーズ」という特異な教育支援の中で、チームよりも特に理事長にスポットを当てているところだ。

選手達の様々な境遇や背景なども扱ってはいるけれど、まずは立派な熱意と理念を持ち、情熱で空回りし、自分は住処を失い、崖っぷちの経営をトボトボとして怒られながら続け、それでも諦めない個性的な理事長を中心に回っていく。

 

そして、作品がテレビ放送された当初、視聴者から多くの批判が殺到したシーンがあり、そこも話題になった。

当時ルーキーズの監督だった池村英樹氏が、選手に9発のビンタをする場面が、全くカットせず放送された。

あまりの苦情殺到に、同じ年の5月に再放送が決定した際には、ビンタ2発にまでに編集しなおすべきじゃないかという話にも社内ではなったらしいが、ディレクターの阿武野勝彦氏はこれを拒んだ。

「視聴者を不快にしたことは謝るべきだが、清く正しいものばかり求めると表現が窮屈になる」と主張し、周囲を説き伏せた。おそらく良い評価も多くあり、それも阿武野氏を後押ししていたのかもしれない。評価されているから、再放送もあるのだし。

 

「清く正しいこと」か...ところで、それが私達視聴者の欲望なんだろうか?

ショックを和らげるという理由に置き換えるにしても...。

登場人物全員、さほど清くも正しくも見えないのである。

体罰問題を扱う報道は多くあり、社会世論も敏感でデリケートになりがちなので、清く正しいと言うよりは、【社会的神話事】になりがちだよな と思うけれど、その話はまた別の機会で。(...機会はないかもしれないが。)

とにかく9発ビンタのシーンに手を加えられる事は無く、作品は話題にもなり、その後東海テレビ局を飛び出して、映画として映画館で上映された。

ちなみに私は2016年に、東京の映画館上映で初めてこの作品を観ている。

それから十年近く過ぎ、今年またテレビ埼玉で再放送されていたので、観なおした。

視聴者の批判を浴びた当初から、今もまだ放送されるのなら、阿武野勝彦ディレクターの判断は正しかったのだろうし、ドキュメンタリーの肝心な主題は多くの視聴者に伝わっていってるのだろう。

 

山田豪理事長の次に、作品の軸となる人物が選手を9発ビンタした池村英樹監督(当時42歳)だ。

彼は、沖縄の県立那覇高校を型破りな個性的なチームに育て、40年ぶりに甲子園まで導き、「池さん」と選手たちからも慕われた監督だった。

那覇高校を退任後、おかやま山陽高校に監督として呼ばれた。

おかやま山陽高校の野球部は、那覇高校とは違い始めから荒れている生徒が多かった。まとまりが無く指導を無視する生徒に監督は平手打ちをした。

その後、その生徒は態度を改め、保護者からは体罰を含めた指導を感謝され、次第に「ある程度の体罰は必要」という考えに監督はなったようだ。

作品には詳しく出てこないが、彼の熱心さは、他の選手や保護者から恨みをかうことになる。

全裸でランニング(練習グラウンドはあたりに住居が無く、人目の無い場所ではあった)などの精神修行や、いじめ問題から生徒を殴るなどの体罰は、虐待だと訴えられた。

池村監督は逮捕され、そのまま野球界からも追放された。

 

私の個人的な印象として、池村英樹監督は「勝負師として清く、正しいか正しくないかは、わからない人」だ。

なぜ、人材として山田理事長が池村監督を誘ったのたろう?

わからないけれど、結果的にその人選はルーキーズを頼りに集まった崖っぷちの子供達にとっては、適切な人材だったと思う。

 

ルーキーズが設立された頃、日本の高校野球部への入部は年間やく6万人を超えている。(2009年高野連調べ)

その人気運動部から、やく9千人がなんらかのトラブルで退部している。

今では、メジャー・リーグで活躍する日本人のスター選手が出てきているので、更に人気は上がっているかもしれない。

脚光の場所とは遠い、影の場所。

退部者の中でも、特待生で入部した様なエリート達ほど、そのまま学校も中退し目的を失い、社会でもドロップアウトしていく確率が高くなる。

今まであった生きる目的が、退部によって何も無くなってしまうのだ。

 

「高校中退者の野球チーム」、ルーキーズの対象は、そんな目的を失った子達に開かれた。

集まった元球児たちの心身は、荒れている。

撮影間もないころも、虫の居所が悪かったらしく、撮影カメラマンに突っかかっていく少年もいたし、山田理事長がチームの将来と運営資金の金策に悪戦苦闘している中、チームの誰かは隠れてタバコも吸っていた様で、カメラはしっかりその吸殻をおさえた。

どこにでもある十代のフラストレーション。

寮の食事もギリギリのメニューだし、おそらく少年たちだって経営に不信感はあっただろう。

人里離れた廃校利用、

高野連には入れないので高校生とは対戦できず、試合相手はいつも社会人草野球か大学生だ。たいてい大きな点差で負ける。

社会に注目される試合とは無縁だ。

再生の地はなんだか刑務所の様でもある。ボーズ頭の彼らは、それでも白球を追いかける毎日を送る。

 

イライラがたまった少年集団には、たいてい(必ず)、いじめられっ子は存在する。

2012年に入って来たばかりの小山雄嗣(当時17歳)。彼は池村監督に9発ビンタされた選手で、チームの中でも一番下手でいじめられている。

作品の三人目の軸。

元々は名古屋の強豪校に入学したが、部活が上手くいかずそこでも無視され、1年で中退。

両親が病気の為に保護者とは生活しておらず、海近くの児童養護施設からチームの練習に通っている。

監督の目の届かないところでチーム仲間から殴られ、相談もする。

池村監督も「性格は、どちらかと言えば勝負事には向いていない」と言う。

いじめられっ子と野球.........

そんな小山君はある日、試合に大幅に遅刻してやって来た。

遅刻した原因は、前の晩に親と喧嘩して絶望し、自らを傷つけ自殺をはかったため。

 

「...なんて?」

池村監督は静かに問いかけた

「自分を...傷つけました」

「…...」

それから思いっきりビンタした。

バチンッ!と大きな音が響き、小山君も周りの選手も固まる

「......なんて?」

監督の声の調子は変わらない。彼も固まったまま答えられない。

バチンッ!

そのあと、続けて小山君はバチンッ!バチンッ!と7発殴られ、頬は赤く腫れた。

 

「お前、自分の命だからって、そうやって扱っていいのか?」

 

それからチームから離れた所へ連れて行き、改めて小山君に向き合いながら話す。

 

「(自殺未遂は)初めてじゃないだろ?」

「はい」

「お前のやり方は、脅し。 親がどう思うか」

「......」

「オレも自殺しようとしたことはある。岡山の事件で...オレは悪いことをしたと思ってない。逆恨みされて、もうどうでもいいって思った」

「...」

「あきらめなかったら、ぜったい勝つ。勝たんかったら、おもしろくない。お前、いま何か勝ってるか?」

「......勝って無いです」

「負けのままで終わるな。試合の準備しろ」

「……医者に、肘を動かすなって言われてて…」

「腕なんか、折ってしまえ。お前、プロになるのか?」

「いえ…」

「そうだろ いま、華咲かさんで、いつ咲かすんだ」

 

 

池村監督は、この時カメラが全てを捉えたので、再び野球から追放される事は覚悟したらしい。

 

ここから、小山君はメキメキとやる気を出し.....という事も無く、相変わらずやる気を出したりしょげたりをして、監督に怒られてグラウンドの外で立たされたりしている。

 

「お前、もう帰れば? やる気感じられん」

 

監督にあしらわれ、おそらくチームのキャプテンであろうコに慰められ、「帰るな」と説得されながら涙流したりしている。

小山君にディレクターは多く焦点を当てているので、他の子がさほど目立たないが、おそらく個性豊かでそれなり問題のある少年たちがルーキーズは集まっていたのだろう。

監督はチームメイトの前で小山君に「一番へたくそなんですけど、へたくそなりに頑張るんで、これからもよろしくお願いします!」と気合を入れさせてから頭を下げさせ、元にもどす。

 

「いいか、へたくそだろうが、家庭に恵まれてなかろうが、友達関係に恵まれてなかろうが、再チャレンジとはそういうところなんだ。

順風満帆で恵まれている奴がこの中に一人でも居るか?色んな背景を持っていて、苦しい想いをみんな持っている。 もっと、もっと、自分自身を出せ」

 

 

映画館で作品を観てから10年後に偶然観た、テレビの再放送。

そういえば、NPO法人ルーキーズは今どうしているんだろう?

調べると、あれから卒業資格を得た選手の何人かが大学に進学し、そこでも野球を続けたとある。

また、作品内でも最後の方に出てくるが、経営不振のあおりで結局リストラされた池村英樹監督は、ルーキーズ退任後の2014年に脳出血により亡くなっている。43歳。

沖縄人らしい穏やかな淡々とした口調で、厳しい愛情の、野球の勝負師の残像は私に強い印象を残した

 

 

母体のルーキーズはどうしているんだろう?

賃金未払いで従業員に団体交渉を申し込まれているが、それは2014年に名古屋地方検察庁において、訴えは不起訴処分にされている。

2016年に通信教育総合学園ROOKIES、2018年にスポーツ総合学園SEEDという社会人野球のクラブチームに変わっていた。

NPO法人ルーキーズは、あの数年だけだった様だ。

そしてスポーツ総合学園SEEDも、2023年に無くなっている。

 

ホームレス理事長、山田豪氏はどうしているだろう...。

 

これもまたよく経緯はわからないが、山田理事長は2019年に統一地方選挙で当選し、常滑市議に任命。

日本維新の会に所属し、大村秀章知事リコール運動では幹部になっていた。

「表現の不自由展・その後」の、即刻展示中止を求める文章も杉本和巳議員と提出している。

その間、おそらくホームレスでは無かったのか

が、リコール運動の署名活動で、偽造署名に深く関与していた事を認め、議員を退任している。

またなんで、そんな事をやっていたんだろうか

 

あんた、アホだ.........はぁ、アホだからか。

 

山田元理事長は偽造を指示された様子を、田中孝博事務局長の名前を出して具体的にメディアに話した。田中氏はアホを舐めてかかったのだろう。

 

 

「愛されるアホ...(笑)理事長って名前を持ちながら......ありえない。どう考えてもおかしいでしょ...自分は電気もガスも止められて...。理事長なんだから、自分の責任にして全部回せばいいのに... あれが中途半端に計算高い人だったら、僕はもうとっくに辞めています。」

 

リストラされる少し前、スナックで少し酔っぱらいながらスタッフの「監督にとって山田さんってどういう人ですか?」という質問に、笑顔で池村監督は答えた。

 

愛されるアホ。

それは素晴らしい。

なりたくても、そうそう誰でもなれない。

なれる確率は大変低い。狭き門だ。

それで、その愛されるアホの理念も素晴らしい

「挫折した子供に、努力の方法を教えたい。

でも、誰も教えない時間がかかるから。一度くらいの挫折で、放り出す

ルーキーズは、そういう子と一緒に歩いて、大人も子供も成長する様にしたい」

 

その努力は「表現の不自由」を意識する事とも関わりますよ?山田さん

…て、話は「難しい話」と却下されるだろうか。

お願い、そこも努力しようお互い。

あなたの経営が悪いのは、世の中が変わらないせい「だけ」では無い。

 

勝ちの1パーセントは、何だろうか

どこまで負けているだろうか

……私たちにとって、勝ちとは何だろうか

何に勝つべきなんだろうか

 

偽造は勝ちでは無いと知っていただけ、山田氏は賢いってもんだ。

ここも、そうそう知られていない。(マジで)

 

「ホームレス理事長 ~退学球児再生計画~」にendが、まだ無い

作品に句読点はつくが、それはオープン・エンドだ

ページは開いたまま、終わっていない

 

 

最後に、チームに入って数年後の選手たちのインタビューを書き起こし、

久しぶりのブログは終わりにする。

 

 

 

 

「(再び、しばらく来ないで、久しぶりに戻った小山君)いや…さいあくです。」

やめる?

「やめないですけど…最悪ですね。落ち込んでたら怒られるんで…怒られるの嫌なんで、やるしかない」

 

(でも、戻って来るんだな って、個人的には笑った ↓他の上級生たち)

 

「野球をやってないと…(チームに入って)なんて言うんだろうな…なんかわからんが…なんか、楽しいです」

 

「ここに来てなかったら、何もやってないから僕 …ここ無くなったら生きていけない……生きていけなくはないですけど、プータローになってますよ…………こんなんやってたら、監督に怒られる」

 

(池村監督はみんなに怒る)

 

 

 

 

「…………野球が、好きだから」

 

負けても?

 

「負けても」

 

 

 

 

 

この子たちは、元気でやっているだろうか

 

 

あのコは加工肉が好き (間借り)

 

 

#8 

 

 

あなたの 居た場所を

 

しばらく 空けておいた

 

あなたの形が そこにあった

 

2011.3.14 「つなぐ」より

 

 

 

 

誰だか知っている人へ

 

 

 

ジェノサイドは、隠され続けて来た

あの暴力は、歴史の中で長い間

密閉された世界で犯されてきた

 

でも、現代ではタイムリーに知らされている

知らされているけれど、隠されている

私達は毎日見ている

私は、その映像を一人で見ているけれど

見ているのは「私たち」だ

 

私たちは 見ている

大勢が見ている

 

殺人を見ている

大量殺人を見ている

殺人者を見ている

 

被害者を見ている

 

毎日見ていて

でも実感は やっぱり

 

ジェノサイドは隠されている

 

一つの国が密室の様に

虐待者は、被害者を拘束して

【自身もそこから出ようとしない】

あちこちのメディアも近寄らない

 

近寄らない理由は言わない

 

この間、あいつにその話をした

 

 

「目の前に無い遠い国の事だからかな?」

「....もはや物理的な距離じゃないよね」

 

あいつは洗いたての髪をガシガシ拭きながら言った

 

「壁一枚とか隣の席って距離でも、心的には遠い事はあるじゃん」

 

アウシュビッツ収容所の隣に住んでいた一家が居た

その家族は映画にもなっている 観ていないんだけど

収容所の所長一家、豪邸と美しい庭 幸せな家庭

そして、微かに聞こえるであろう 悲鳴と銃声の隣人

庭の持ち主は、戦争に負けた後...逃げて

 

「逃げて...」

 

...ねぇ、今も生きているんじゃないかしら

 

「まさか 捕まって、その家の敷地と収容所の境界線で、死刑になっているよ」

 

...あれ私、声が出ていたの?

 

「境界線ってところがね なんだか神話みたいだよね 近代なのに」

 

あいつはそう言いながらドライヤーのスイッチを入れた

 

「どういうこと?」

私は、ドライヤーの音に負けないように大きな声で聞く

 

「境界線に‘‘死体‘‘を置いて、魔除けみたいだ」

 

...?

 

 

え?

 

 

...  どういうこと...?

 

 

 

 

 

 

カーン   カーン   カーン  カーン

 

眩しくて目が覚める

日が昇っていた

気を失って 体中の骨が痛い

殴られ続けて、そのまま気を失った

 

広場に

昨日は大勢が居たけれど

誰も居ない ...眩しい

眼も痛い 腫れていて、明かない

 

喉が渇く

 

町から誰も居なくなったのかな

 

みんな、私は死んだと思って

 

そのまま捨てて

行ったのだろうか

 

 

 

カーン カーン カーン

 

カーン ...カーン  ...カーン

 

 

...…………金属音

…………町の外側から

ここまで聞こえる

 

何かが攻めてくる…………

 

...じゃあ...

 

まだ.........終わりじゃないのかな?

 

 

カーン   カーン   カーン

 

......

 

 

カーン 

 

 

 

 

「選挙は戦争」

「戦争じゃない」

「戦争だよ 党に分かれて勝ち負けを決めてる」

「民主主義は有効でないと」

「主義の内容じゃなくて勝ち負けがあるって話」

「勝負にだけ?それが話を極端にさせるんじゃない?」

「負けた方が勝った方の方針を受け入れなきゃなんないのは、戦争の勝ち負けと同じだって事だよ」

「戦争とは違う」

「頑固だね 戦争って言葉に拒絶反応あるんだ」

「.........」

「言いたいのはね、選挙は、戦争を回避している状態 けど、物事は勝敗だ」

「......」

「戦争にしない為に、法社会が選挙にしたんだよ」

「じゃあ、やっぱり戦争では無い」

「言葉を拒絶するだけで反戦だと思うな 何に抗っているのか自覚しないと」

「......」

「選挙は戦争だよ、それで、あなたは戦争を拒否するために一票を使ったでしょ?」

「......勝ちたかったから」

 

「うん」

 

「でも...?」

 

「...」

 

「あたしたち、何に勝つべきなの?」

 

「...」

 

「何に、勝つべきなの...?」

 

 

 

 

 

その人は、特徴を持っていたって聞いた

...聞いた話です

左足を引きずっていたって

杖をついて

それで、耳も遠いって

...同じ話を何度もするから、齢をとっているのかと思ったけど、

本当はとても若くて......って、事ですよね?

白い髪で顔も良く見えていなかったけれど

 

だから、嘘だろうってみんなは思っていて...

そんな若いですか? そうは見えないな

私が見たのは、一度だけです

遠くから 誰だっけな...遠くに座っているところを指差して

教えてもらって...そうそう、誰だったか教えてくれたんですよ

 

みんなね、年寄りはもういいだろうって

そんな空気だった

確かに、遠くに座っていたその人は年寄りに見えたから

でも...びっくりです...そんな若かったんですか...

...だって、私よりも年下ですよ

 

...ここで聞いた話は黙っていてもらえますか?

そりゃ、いずれバレるでしょうけれど

まだ、みんな気づいていないなら

気づかれるのは時間がかかると思うんですよ

 

なんで?

 

...だって、みんなで一致した事だったので

 

あの人を、追い出そうってね

 

本当に、来てから悪い事ばかり起きたんですよ

 

...信じてないでしょ?

私の言う事は信じないんでしょ?

 

...じゃあ、どうしたらいいんですか?

 

あなた、解決案はあるんですか?

 

原因を

 

災いの原因を探していて

 

それで.........彼だった理由?

 

理由はいくらでも

 

いくらでもありますよ

 

左足を引きずっていて

耳も遠くて

同じ話を何度もして

なんか、最初はみんな聞いていたんだけれど...

だから年寄りはもういいだろうって

はい

みんなで、そう一致して…………

......はい

 

はい

 

若かったんですね

 

実は私よりも

 

知っている人、居たはずですよね

 

私、知らなかったんです

 

.........理由はいくらでも

いくらでもあって

理由はね

 

 

...ここで聞いた話は黙っていてもらえますか?

そりゃ、いずれバレるでしょうけれど

まだ、みんな気づいていないなら

気づかれるのは時間がかかると思うんですよ

 

なんで?

 

...だって、みんなで一致した事だったので

 

誰も反対は居なかった

 

あの人を

 

追い出してしまおうって

 

あの人を

 

殺してしまおうって 

 

理由は...

 

理由はね

 

 

 

〇〇人だったし

 

 

...

 

 

 

 

 

「殺って字が伏字になってる」

「ん?」

「〇すってなってる」

「愛すかもしれないよ」

「あいす?」

「うん」

「違う 声は出ていてテロップが伏字」

「へぇ」

「殺って、そういう扱いだっけ?」

「隠したいんじゃない」

「殺意を?」

「いや、そうじゃなくて」

「なに?」

「死んでもらって、ことを丸く収めた事を」

「それを殺意って言うの」

「人間誰でも死ぬでしょ」

「うん」

「要は、大勢で何をしたかを隠したいの」

「うん」

「〇す」

「……」

 

「〇した」

 

 

 

 

 

 

マキドの家は鍛冶屋だ

はじめて鍛冶屋のコと友達になった

鍛冶屋は集落の外れ、または境界線に住むことを

この国では定められている

 

何故、そんな決まりが有るのか、正確には分かっていない

仕事をするうえで自然の中の方が効率がいいとか、

カン カン 音がうるさいから集落からは離れているとか

合理的に考えてみても、正確にはよくわからない

 

とにかく定められていて、

鍛冶屋の家系はみんな街の境界線あたりに暮らしている

 

鍛冶屋は代々、聖刀を王家に献納してきた

王族は国が戦争で負た時に

そのまま殺されると思ったのだが、

殺されることは無く、占領国の人質となって

その犠牲で国は消えずに、守られた

 

国は消えていないけれど、

古くからの伝統は大分消えたし、

意味を失った

 

その意味を取り戻そうとするグループや運動もあるけれど、

時代はそこに留まってくれない

国の文化を私たちは少しずつ手放した

 

持ち続けると

占領国から差別的に扱われる

 

それもいくぶんマシになったけれど、

占領直後は全く人間扱いもされず、

占領軍の暴力によって

住民は虐待・殺害された

女は輪姦され攫われて、男は車で押しつぶされた

 

その痛みは、まだ強く残っている

私達の国は、痛めつけられても

技術の近代化を学んで、経済的に力を付ける方向に

シフトチェンジした

 

王家は神に仕える役割も有った

戦争に負けてからは神殿も占領国の管理になって

建物の解体は免れた

 

それで、王族に使えていた元家臣の家系が、神事を引き継いでいる

 

元家臣の親族は、伝統的な役割を王から奪ったと

国民からは映って見える

だから、この人たちはとても嫌われている

政治家に元家臣の血筋も多い お金があるから

 

民主的とは言えない

 

マキドは一度、自分の家の近くの丘を指差して言った

「あそこは、骸骨の丘って言われている」

「なぜ?」

「昔は処刑所だったから」

 

そんなの、聞いたことが無い

地域社会科の授業でもそんな事はやらない

丘は広場になっていて、

いつも街の住人がゆったりと過ごしている

緩やかな高みに

たゆたゆと、今日も秋の陽射しが落ちている

 

「王族の一番小さな子供が最後の処刑だったって、親から聞いた」

「それは、いつの頃?」

「人質になっている王様の、もっとずっと前の事」

「…?そんな話は聞いたことない」

「知らないでしょ」

「うん」

 

「それが時代が変わっているって事だよね」

 

「なんでマキドは知っているの?」

「それは、うちの家系の事だから」

「...?」

「王族の、一番小さな子供と、鍛冶屋の長が一緒に処刑されたから」

 

陽の当たる丘を見る

おじいさんが、犬と散歩している

丘の草が、風に揺れている

 

「昔の事だよ神話みたいに」 と

マキドが言った

 

 

 

 

 

【丙午(ひのえうま)の女は気性が荒くて男を食い殺す】

って迷信の話を、あの人は話始める

正確には、【八百屋お七】の話を始める

外は夜で、ビュービュー風が冷たい

うちらは、狭い部屋が避難所の様

冬が暴れまわっている夜に

毛布にくるまって、ウトウトしていた

 

丙午は、中国の五行説という自然哲学をもとに数えられる年号の呼称

だから60年に一度、丙午年はめぐって来る

五行説では「丙」は、‘‘火の光‘‘、「午」も火となるので、火が二つ重なる

そこで、この年に生まれた人は気性が激しいと解釈された

 

で、ここからが不思議

中国にはそんな話は無いのに、

日本では江戸時代末期に

丙午生まれの女は男(夫)を食い殺す

という迷信が作り出され

井原西鶴の好色三大作『好色五人女』で書かれた

【八百屋のお七】もあって、

迷信は江戸を中心に一般化した

 

「でもお七は丙午の生まれじゃなくて、その二年後の乙申生まれなんだって」

 

バサバサと外の木々を揺らして 渇いた風が唸っている

あたしは眠い声で「へぇ」と返事した 

 

「近代になっても...明治時代の丙午年、出生率が下がっているんだけどさ」

「…………ん...」

日露戦争の時代だし、戦争も影響しているんだろうけど、東京を中心に下がってて」

「……ん……」

「その60年後の昭和に入った丙午年の出生率では、減少は地方にも広がっている。高度成長期のベビーブーム時代に」

「……………迷信って知らないで...あれ...情報網だけ発達して広まったんじゃない...…テレビも普及して…」

「マスコミは迷信だって事は、広めてたらしい」

「…………ジジ・ババがうるさかったんじゃん」

「そーかもだけど、ジジ・ババたち現役の頃より広範囲に広がってる」

「...............ん~」

 

なんだそれ 変な話

 

あたしは伸びをしてみたけど、眠気には勝てない

眠い このま冬眠したい...

熊が冬眠できなくて街まで出てきて人を襲っている

山に食料が無くて迷いながら街に出没

自然 衰弱 飢えた 猛獣 

この冬の嵐に眠らず、人を嚙み砕く生き物になった 熊

 

カーン カーン カーン と、

遠くに消防車が火の用心の「警鐘」を鳴らしながら

街を徘徊するのが聞こえる 危険を警告

八百屋お七】のBGM

 

恋人に会いたい一心で、放火して江戸の街を火の海にして

自分も火あぶりになった、八百屋の女の子

 

乱心 狂乱 街は恐怖でいっぱい

 

狂乱が近代科学に勝ったんだ …... へぇ...

......現代となっちゃ、ずっと出生率なんか減少しているけど

 

 

 

今は不況と科学兵器の 狂暴が増したよ

 

 

 

きっと…………きっと

 

きっと

 

今年中にパンクバンド組む

 

そんで今日、この人を口説いた

そのまま、この人の家に遊び来て

ベース頼みたい彼女は、あたしン中でもう決まってて

その話をしてたら

終電を逃した

 

話し疲れて 酔っぱらってきて

この人、思ったより酒強くて

ぜんぜん酔っぱら無いみたいで

【丙午の女は気性が荒くて男を食い殺す】って話を

し始めてた

 

 

ボーカルの女の子を募集中

 

 

風が強い 風が強い 風が強い

 

...風が.........

 

 

冷えて渇いた空気の中

 

荒れ狂う

 

 

 

カーン カーン カーン カーン…………

 

 

 

…………カーン...

 

 

 

 

 

この国で、私たち鍛冶屋は

少数民族でもある

元の祖国が大雨の大災害にあって

難民のようになって国境付近にまで流れてきた

 

入国は許されず

国境近くの山の中に入って行き、

山の住人となった

狩りをしながら自分たちの衣食住を支え

そのうち、鉄を多く含んだ岩を見つけ、

削った砂の中から砂鉄を取り出した

 

この鉄穴掘りに、国が目を付け

山の所有権は国王にあるとし

国境はいつの間にか山を飲みこんだところに引かれた

 

それは実は誰のものでも無かった

神の創造物だということ以外には

 

国内の農夫たちに、鉄穴掘りの出稼ぎに来るように行政を進め、

私たちの先祖は再び、山の中から

国境近くまで降りて行き、鍛冶屋についた

鉄は国の産業となり、先祖たちはその頃から国に入ることが許された

 

しかし住居は、山を飲む前の元国境まわりに限られ、

生活はその付近に固められ、鍛冶屋の部落が出来た

騎士の武具、農具や工具などを創り、

神行事の聖刀を、奉納した

 

当時の鍛冶屋労働は激しく

四十過ぎで仕事を続けるのは無理なほど過酷だった

だが、それしか生きる道は無かった

 

鍛冶屋が出来なくなった者は、引退して炭焼きに転じ

先祖の生活は貧しいままだった

 

国で最も貧しい一族が聖刀を扱う

貧しさは卑しさともされる

王政が安定している時は、沢山の保護を受け

不安定になると

その年の聖刀は不吉なものと判断され

刀工は首を切られ

政治の後始末の犠牲になった

 

私達、貧しい異端は、何故かいつも権力の側に置かれる

権力と対比されるように置かれて

けど、社会の中では見えない

 

あの丘、

山が削り取られて骸骨の様な

そう、あれ

あの丘は、鉄穴削りをした跡で、

 

何も出なくなると 処刑場になった

 

私達民族と、密接な土地で

私達民族は、処刑執行人の仕事も補う様になり

同時に、その土の上に

先祖の沢山の血を流すことになった

 

神の怒りを恐れる人々は、

私達の血で

恐れを克服し怒りを鎮めようとした

 

他に方法を知らなかった

 

 

 

 

 

 

新たな核による最先端が

世界の報道に乗って

我が者顔で空を占拠した

 

世界を君臨する この世の姿に

古代の暴力信仰が 浮き出てくる

 

核を信仰し 核は神になった

 

科学兵器はグロテスクにも

太陽のパロディのように

罪人だけでなく、罪の無い者にも 

分け隔てなく

破壊を浴びさせる

 

化学兵器は儀式を持っておられず

恐怖の感染は止まらない

 

「〇〇人は全員が罪びとであるので

皆殺しにして良い」 と

大麻で溶けた兵士の神経に

意味の消えたプロパガンダをすり込む

 

脳髄は歪み

 

生贄の性器を切り取って 

新兵の口に押し込み

虐げられた民族主義を聖性化させ

剥いだ皮を着せ 壊れそうな彼に耳元で囁く

 

オマエは 母の身体を通って ワレワレが産んだのだ

さぁ、任務を果たせ オマエの身体は国のものである

 

許されない罪の国へ

 

だって○○人だから

 

いつか見た理由だ

 

権力が権力と裏で結び合うはず

そんな陰謀が隠されているはず

いや そんなのは時間の問題で、いずれ耐えられなくなる

 

本当は

罪を裁く以上に合理的に主権力を持っていたい

ジュリアス・シーザー」の陰謀が、国内から外に向かい

 

戦争開始

 

神の制裁である 

神の制裁である 

神の制裁である

 

大地に染み込む 被爆汚染された血

世紀を超えて体内に伝わり 遺伝子が変形し

 

虐待の地層が残る

 

死んだ子が 天に登り 見た

 くすんだ青い星

 

暗い宇宙の中 取り残された あの星

 

 

 

 

 

【黙示録】とは、

人間が、両者そっくりな模倣暴力によって復讐し

互いを殺し 世界が滅亡していく事の

予言になっています

 

その流れに抗う為に

神は被害者を

最初から明かしたのです

 

更に殉教者が

明らかにしているのです

 

 

 

アベルの叫びを

 

 

 

 

ジェノサイドは、隠され続けて来た

あの暴力は、歴史の中で長い間

密閉された世界で犯されてきた

 

でも、現代ではタイムリーに知らされている

知らされているけれど、隠されている

私達は毎日

 

 

毎日

 

あの密室を

 

あの荒野を

 

 

 

あのコは加工肉が好き (間借り)

 

 

#7

 

 

誰だか知っている人へ

 

 

〇月✕日(土)

 

次に借りるアパートの下見に来た

不動産屋で鍵を受け取り、一人で向かう

場所が便利なので、直接見ずに契約は終えている

 

外観は古いビルの様だけれど、中はしっかり昔ながらのアパートだ

自分が入居する頃にはクリーニングを済ませておいてくれると言っていた

六畳一間に小さなキッチンとトイレ・シャワー付きの畳部屋

 

陽当たりは良い

 

しかもこのアパート、小さな中庭まである

なぜ、そんなものを作ったのだろう?

こちらの陽当たりはすこぶる悪い

四棟あるビル・アパートの、外廊下が四角く囲んだ形の庭

 

庭には植木鉢が雑に並び、多肉植物が不思議な形態でニョロニョロと育っている

やたらと茂っているが、「良く育っている」のかはわからない

本当はそんな育ち方をしない植物なのだけれど、

悪環境が総じて変形させてしまったようにも見える

 

環境に順応して

違う生き物になってしまったような

 

中庭を眺めつつ薄暗い外廊下を歩いて、自室番号の古く重い

アイボリー色をした鉄扉のカギを開けた

13号室

小さな玄関から換えていない畳が見えた 床は少し埃っぽい

今月末から入居できるから、それまでに奇麗にしてくれているはず

 

間取りをネットの写真でしか見ていなかったので

再度、空間確認

こっちで買う簡易家具を置くスペースを計りに

 

靴を脱いで上がり、六畳を見回す

曇り硝子が陽に当たり白っぽく光っている

押し入れを開けてみる

襖がやはり陽に焼けて古い

…………これも換えてくれるのかな?

まぁ、換えなくてもいいか…………そんなに長く居ないしな

 

押し入れの内装は、なんとなくじめっとしたベニヤ板張り

前の住人の荷物があったら、そのまま使っていいと言われているので、

残っているか確認

 

棄てたかったら、大家に預ければいいらしい

 

押し入れ奥には布団袋があって

中に何か入っている

それはどうやら布団では無い

引っ張り出し、袋のジッパーを開けた

 

 

以下、押し入れにあったもの

 

 

。メモリが500wだけの黄色い軽量ヒーター

。携帯用ソーイングセット

。使いかけのテッシュボックス1つ

。薄い毛布

。1センチほどのボルトとナットが3つずつ

。キティちゃんのハンカチ

。茶封筒に入った手紙

 

 

どれも、なぜそこにあるのか、よくわからないモノばかりだ

 

封筒を開けてみる…………

 

 

 

 

 

拝啓パパ様 

 

初めてお手紙します

お身体はいかがでしょうか

 

日本語であることをお許しください

この手紙の差出人は、不勉強であり不親切です

せめてパパ様が読める英語で書くべきですが、私は英語に弱いです

また、この手紙を実際にポストに投函するかはまだ決めていません

今から書いていく事が、パパ様に宛てるべき内容なのか、わからないのですが

身近に、パパ様以外に伝える人が見当たりません

 

誰に宛てたら良いのか分からず、パパ様に宛てることにしました

変な理由ですみません 

 

日本には『拝啓 天皇陛下様』という古い映画があります

パパ様はご存じではないでしょうね

時は第二次世界大戦時…

物心つかぬうちに両親と死別した、二等兵の山田正助が、戦友に読み書きを習い、

覚えたての文字で、当時は生き神とされていた天皇陛下へ手紙を書きます

その書き出しが 「拝啓、天皇陛下様……(ハイケイ 天ノウヘイカサマ)」なのです

 

この男は、何を天皇に嘆願しようとしていたのか

「戦争を止めて下さい 故郷へ帰りたい」などとは書きませんでした

軍隊に入ったことで、極貧生活から一日三度の飯が喰えるようになったので、

戦争がもうじき終わる噂を聞き、自分だけはこの【天国】から送り出されまいと

「わたし一人ぐらいは軍隊に残して下さい」と天皇へ嘆願しようとしました

 

その手紙は、丁度通り合わせた友人に発見され、投函を止められ、天皇陛下へ直接手紙を出すという、当時の【不敬罪】から山田正助は免れます

 

その手紙が、この物語のタイトルになります

 

……今も天皇へ手紙を書いたら不敬罪になるのでしょうか……すみません、日本人なのにそのあたりも疎いです

たぶん、右翼は黙っちゃいないかもしれないですね

 

戦時中の天皇とは、日本皇国民にとって国の神様なので、市民は交われない存在でした

これは伝統的な王権制度と同じですが、当時は極端に軍隊が君主制を神化させていました

【神は触れてはいけない存在】というのは、何故だろうなと思います

不思議ですよね 何故だろうか 

 

尊王攘夷の、天皇を尊び外敵(侵略)を避ける政治的スローガンを取るにしても、

それが市民をも避けなればいけない【人神】の宿命になるものなんですね

 

なんなのだろう

何かが隠れている様に思えます

 

けど今は天皇への神化の話はちょっと置いておきますね

また、後で触れるかもしれません

 

「なんなのだ」と疑問を投げかけたのは私なのに

大変に読み進めにくい手紙でごめんなさい 

 

でも、今は物語の主人公、山田正助について、もう少し進めます

ある意味純朴な男の、【貧しさ】についてパパ様にお話ししたいです

 

三度の飯が喰える環境を守るために、戦争が続くことを願った男です

彼の欲求は滑稽ですが、彼の飢えは笑えない

 

日本は、とても貧しい国でした

それはつい、近年までです

しみじみ、貧しかったのです

 

子供も、生まれても全てが大人まで育つのは無理でした

これは世界中にある、あまり表に出ない歴史だと思いますが、

多く生んでも多くが成人まで成長できず、

また家族が生きていくために、幼子を殺しもしました

 

多産を強要され犠牲になったと、現代は女性たちの主張もありますが、

私はそれだけだと、真の問題を逸らせてしまっているとも思うのです

 

宗教が性教育を医学的にも歪めてしまったのは事実ですから

これらのうっ憤を解いていくのが困難になっています

 

第二次世界大戦時、日本軍は満州を占領しました

満州を植民地化とした日本の「関東軍」に志願した者に、一家の後を継げない次男坊以下が目立ったそうです

彼らは故郷の財産を引き継ぐ権利はありません

家を出ないとならないです

なので、侵略した土地を自分たちの財産とすべく、

その土地で成功する野心を持って、満州へ渡ります

国もそれを後押ししました

 

飢えている者が、戦争産業・植民地主義に巻き込まれていきます

これを当時、いまほど理不尽なことだとは社会は思っていなかったでしょう

大義名分で市民をだました」と、現代でなら言う者も居るかもしれませんが

当時はそこで、【何が行われるのか】

多くが、わかっちゃいなかったはずです

 

【何が行われるか】というよりも

【人は何をしてしまうのか】が わかっちゃいなかったのだと言う方が、正確でしょうか

 

私たちは、自分たちの【創始的暴力】に対して、避けたがります

近代は古代宗教の様な暴力信仰となる事は、もはや出来ないですが、

原住民に残る文化の方が、よほど人間の共同体暴力の姿を知っています

 

彼ら古代宗教の供犠から学ぶのは、私たち人間が持つ暴力の存在です

存在が見えなくなる前に 学ぶ必要があるように思います

 

ヨーロッパ文化は、組織的に守られた植民地の欲望によって、彼らから学ぶことを怠りました

彼らの供犠に見える生贄の儀礼は、我々の中にもある血の痕跡です

その姿を、「自分達より劣った文化の現れ」だとみなした結果が、

近代文明の、化学を使った暴力模倣の歯止めの無さと重なります

 

暴力模倣が進んでいけば、おのずと古代宗教に存在している聖なる生贄が、共同体の【集団リンチ】であったという聖書の指摘も、解釈・理解できなくなっています

 

暴力に飲み込まれた我々の血は、浄化される事が難しく、苦しみます

苦しみは暴力に発散しようと暴力感染していきます

 

犠牲者は 必ず弱い者からです

 

数年前、私の娘が世界で現役中に子供を出産した女性首相は、たった一人しかいない

と言う事実を、飲み込むことが出来ないで居ました

 

「たったひとり?」

「そう、ひとりだけ」

「今までで?」

「うん」

「……人類って遅れているんだね」

 

人類のひとりでもある彼女は、そう言い残して、

自転車に乗って出かけて行きました

 

女性が男性社会の中から、男性に比べゆっくりと社会に出て活躍していく中でも、

社会で最も小さく弱いものが、社会政策の筆頭であった事は

まだ、一度もありません

 

人権の主張は、掛け金の多い犠牲者として

ライバルを断罪する為に使われがちです

今のシオニズムの盾としている「反ユダヤ主義への圧力」は

イデオロギーと化した、日本の軍隊が君主制を極端にした状態に、

何故か似ています

歴史上の犠牲者、差別対象者が、すっかり聖となるのです

 

この世界では相変わらず、

ユダヤ人は差別され、同時に

犠牲者としてイデオロギーの上で聖化されています

 

人は人道的な事に関して

非常に遅れ、何事にも時間を要します

英雄的で善良な視点は共同体を一体化し、

そこに暴力が同時であることを、誤認して来ています

 

この矛盾はけして分離することが無いです

同時なのです

 

西欧の近代世界はまだ幸いに、本質的な暴力

つまり、直接にこの世界を無化してしまう暴力の、拘束から免れているので、

【理性・良識・相互利益・納得ずくの相互利害】が抜けている、

「社会的契約」の中にのみ、社会の起源を位置づけてしまいます

 

抜けている 契約なんです

 

これは人間に、人種に、良識が無いのでは無いです

暴力を誤認し続けています 見えず、捉えられないのです

 

今は西欧だけでは無いですね 世界中

我々の暴力は共通しています

 

それで、パレスチナが私たちの目の前で犠牲になっています

毎日叫びを上げています

 

私たちは、主から受けた血と肉を 忘れてしまったのでしょうか

宗教的な供犠は薄れ、合理的な社会的契約は、

法を、合理的な暴力の一致に使っていきます

 

権威主義植民地主義、あらゆる欲望に人は負けて来ています

この暴力は、暴力自体が人間を支配します

なので、このままだと 

いずれ暴力による無化は、やってきてしまう

 

暴力のスピードに比べ、人道的な歩みが遅い

 

本当に遅いです

 

日本は、

 

 

 

 

 

 

 

……………………ここで、手紙が途切れている

 

封筒の中には古い写真があった

…………ピンの跡 飾ってたのか

 

どこだろう? 林の中の小さな白い鳥居の前で、中年の女性とお婆さん

二人、笑った顔が似てる 親子かな?

 

…………この人、「人類遅れてる」って言った娘か?

最初に女性首相が現役で妊娠したのって…………何年前だよ 

写真はそれより多分、後だな

 

…………あと、なんだっけ?コレ

道祖神

普通それって男女が並んでる像だ

…………けどコレ、まん丸の石なんだけど…………そういうのもあるのか?

その前にお婆さんがしゃがんでvサインしてる

 

……こういうの、荒井とか、詳しかったかな? 今度訊くか

 

「パパ様」って誰?…………ダンナ?父親?

日本語わかんないんだよな…………なにそれ?

 

便箋三枚の途中の手紙をパラパラとまた読み返し、封筒にしまった

…………窓の陽射しは静かに部屋の中をゆらしている

 

大家に前の住人の事を尋ねたら、お婆さんでは無いらしい

というか、ここ数年ずっと入る住人は男しか居なかったと言っていた

それで、荷物はいつの間にかあって 何故かみんな、そのままにしていたらしい

 

…………なんで?

 

「捨てるなら、外廊下出しといてくれれば持って行くから」

「はい」

 

そう答えて、まだあの布団袋ごと押し入れの中にある

なんで有るのかさっぱりわからない荷物だが、

なんとなくある 物も無いので気にならない

 

あの手紙は、入居者みんな読んでるのか?

 

暴力による無化… 

 

 

 

〇月◇日(月) 

 

 

この部屋に正式に入居した朝

物はまだ揃っていない

半分寝ぼけた頭でスーツ着ながら

ただ付いているテレビニュース すっかり荒野となった外国の都市が映っていた

ずっと大した報道はしていなかったけど、

日に日に激化する大国の戦時状況に

この頃は毎日流れるようになった

 

荒野というか 砂漠だ 人の影なんか無い

何をあと破壊するんだ 

環境問題で言われる「砂漠化」が戦争で具体的に進んだ

日本まで来るのか?

気象関係なく その風景だけ

 

ネットでは 砂漠に惨殺された死体があるが、日本のテレビはそれは映さない

 

外に出る

日陰の中庭を横目に、前の通りに出ていく

速足で歩道橋を渡り、最寄り駅の改札まで無心に歩く

途中、反戦のビラ配りが居た

 

まだ慣れていない街の 

 

雑踏の音の中で

 

砂漠が 頭に浮かぶ

 

無化とされた 

 

砂漠に 瓶が埋まっている

その中に なにか入っている

 

 

………手紙まだ捨てられないでいたのか

 

 

遠くの方に 人影

瓶に向かって歩いてくる

 

向かってくる

 

 

 

 

パパ様があの手紙を目にするとしたら

奇跡だよ おばあちゃん

 

 

 

 

電車が駅に入って来た

 

この街はまだある

 

それは、かろうじて……なんだろうか

 

 

 

 

 

あのコは加工肉が好き (間借り)

 

 

#6

 

誰だか知っている人へ

 

 

 

いつも遊んでいた ネズミが 隠れている

 

戦争が始まってから

昼間はずっと

ネズミは 隠れるようになった

 

爆撃で破壊された 街を探して回って

いつも、なかなか見つからない

 

かくれんぼが 日課になった

 

 

「ネズミ!」

 

 

天井に穴が開いたアパートに向かって

呼んでみた

 

ネズミはその古いアパートの

エントランスが好きだったから 

そこに隠れているかもしれないと思って

 

天井の穴には 青空

その青い穴の中を

殺人ドローンが飛んでいる

 

一日中、ずっと

殺人者が

わたしたちの空を徘徊している

 

 

「ネズミ!」

 

 

 

ブーーーーーンンンンンンンンンンブーーーーーーンンンンンンン

無人の街の 殺人機械の音が空を支配する

 

 

「いるよ!」

 

ネズミの声だ

やっぱり 今日はここに居た

 

「出て来てよ」

 

「陽が落ちてからね」

 

薄暗い廃墟になったアパートのどこかから返事がする

 

出て来てよ

 

わたしは腹が立っている

水を運ぶのも一人じゃ大変なのに

給水車が来るキャンプの側に移るべきなんだろうけれど

姉さんが帰ってくるかもしれないし

壊された家の隣にテントを建ててもらって、

わたしとネズミは暮らしている

 

暮らしているというか

どうにか生きている

 

子供だけだから、近所で生き残ったおじさん達が手伝ってくれた

一緒にキャンプに移ろうと言ってくれたけれど、

今月まで、姉さんをここで待つことにした

 

 

もう、戦争が始まって150日目だ

世界は殺人者のやりたい放題にさせている

色の無くなった風景

時間はドロドロと重たくなって過ぎていく

 

夜になれば

埃っぽさが沈殿し

暗闇は精霊の気配もしない

 

風の音はドローンの音に消されている

ここは月が美しく見える場所

それは、わたし達の街の灯に呼応していたからだ

 

いま、瓦礫が幽霊の影の様で

その中で一人、月を見上げると

心もとない

 

 

ネズミがのろのろとテントに入って来た

一日、二回目の食事を二人で分け合う

今日はなんとかパスタをどんぶり一杯分確保できた

 

「隠れて、なにやっているの?」

「別に……何も」

「何もしていないなら、わたしと食べ物の調達に行こう」

「……目があるから」

「目?」

……

「誰の目?」

……

 

ブーーーーーンンンンンンンンンンブーーーーーーンンンンンンン

 

「わたしは一人で居るのが嫌なの」

「……うん」

「ここも、いずれは移動しないといけないだろうし、あんたが居ないと逸れちゃうよ」

「……うん」

 

ネズミはとても疲れているみたいだった

みんな、誰もが疲れているけれど

ネズミは昔の面影は消えていて

薄暗いベールの中にいる様に見える

 

わたし達は黙々と夕飯分のパスタを食べて

布団の中に入った

 

疲れているけれど、神経がなかなか眠らない

これがずっと続くと、暗いトンネルの中に居るような気分でいる

わたしの魂が、上手く動かない身体の中に閉じ込められている様で

脱出出来ない

 

お風呂に入りたい 身体の神経を緩めたい

国家単位でシャワーが消えた

 

眼をつぶる

治らない片頭痛

眼球の奥がズキズキする

 

 

 

 

「お祈りを言って」

とネズミが言った

 

 

 

「お祈り?」

「太陽が見れてないから ずっと」

「昼に隠れているからでしょ」

「このままだと、モグラになるよ」

 

わたしは少し笑ったけど声が出なかった

 

バタバタとテントが風に揺れる

静寂が無いので、とても騒がしく感じる

 

「眠りから 破壊で目が覚めませんように 太陽で目覚めますように」

「……それ、お祈り?」

「そうだよ」

 

ネズミは、お祈りを知らない。

ネズミだから、礼拝の時間はいつも家で待っていた

 

「いっつも、みんなそんなお祈りしてたの?」

「……ちがうよ これはネズミの為のお祈りよ」

「オレの為か……」

 

ネズミは、少しだけ嬉しそうだ

 

「ネズミがモグラになりませんように 神様お守りください」

「……うん」

 

笑うと思ったけど、ネズミは笑わなかった

 

 

 

ブーーーーーンンンンンンンンンンブーーーーーーンンンンンンン

―――――ンンンンン ブーーーーーーンンン ヴヴヴヴヴ……

 

 

 

「姉さん、いつ帰るのかな……」

「道が通れなくなったのかも。でも、北の方はまだ避難命令が出てないから」

「姉さんが はっきり帰れますように」

 

ネズミが初めてお祈りをした

初めてだから、変な言い方だった

 

「はっきり帰るって、なに?」

「……だって、全部色んなことが よくわかんないままだから はっきりしないから」

 

辺りがうるさいけど、

わたしにはネズミの、深いため息が聞こえた

 

「オレね、自分がなんなのか どんどん分からなくなってきた」

 

ネズミが自分について考える事自体が奇妙に感じたけれど、

黙って聞いていた

 

「オレね、自分が生まれた日の事を覚えているんだよ」

「……そんなことって、あるの?」

「凄くハッキリ覚えてるよ どう描かれたか。耳と口と手足がオレに与えられた事とか オレは他の鼠とは違うデザインをもらえたんだ」

 

わたしはネズミの方に寝返って見た

ネズミの大きな丸い耳と、よく動く口、表情が豊かな細い手足

 

「オレ、父さんも母さんも居ないって、最初に告げられた。その代わり、可愛いガールフレンドが居るんだ」

「……アダムとイブみたいね」

 

ネズミは尖った鼻をこちらに向けて、「それ、誰?」と言った

 

「オレら二人は孤児なんだ。出会って彼女との挨拶は確かそんな事だった。お互い独りぼっちで、彼女は泣きながらそんな事を打ち明けて、だから一緒に居ることにしたんだ。それから、彼女すぐに笑ったんだ。……なんか後から、二人とも親戚が増えたけど」

 

後から親戚が増えた? 変な話

 

「でも、そこで 覚えている事は消えるんだ」

「あんたがいつから、うちに来たのか わたしは覚えてないよ」

「……うん、オレも」

「あんたは、始めからうちに居たんだよ」

「……いや、違うよオレは」

 

 

ブーーーーーンンンンンンンンンンブーーーーーーンンンンンンン

―――――ンンンンン ブーーーーーーンンン ヴヴヴヴヴ……

 

 

「オレは物語を与えられて来たんだよ」

 

 

―――――ンンンンン ブーーーーーーンンン ヴヴヴヴヴ……

ヴヴヴヴヴ……ーーーーーーーーーーーーンンン

 

 

「だってオレ、彼女に逢った事が無いんだもの」

 

え?

 

「……どう言う事?」

「……オレにもわかんないよ」

 

また、ネズミの深いため息が聞こえた

 

「自分んが、なんなのか どんどんわからなくなる」

 

 

 

 

ヴヴヴヴヴ……ーーーーーーーーーーーーンンン

ブーーーーーンンンンンンンンンンブーーーーーーンンンンンンン

 

ヴヴヴヴヴ……

 

ヴヴ…………

 

 

……ヴ……ブーーーーーーーーー

 

ヴ……

 

 

 

 

 

爆発した

 

近くの、まだ残っていた建物が更に崩壊した

 

ミサイルが落とされて

 

あたりは一面灰色と、炎のオレンジ

 

それはまるで火山の噴煙の中の様で

 

何も見えない

 

安全な場所へ向かわないと

 

逃げないと

 

息が苦しい

 

苦しい

 

咳込んで、空気が吸えない

 

表へ出ると

 

燃える車を見た

 

殺人機械が人を砕いて

 

肉が飛び散って

 

顔がヌルヌルする 濡れてる

 

血が顔を伝って来た

 

頭を怪我した

 

わけもわからず 灰色の中をさまよう

 

落ちた瓦礫に

 

つぶされている頭も見た

 

悲鳴が聞こえ

 

泣き叫ぶ声

 

燃える中にまだ人がいる

 

踊り狂う様に燃えている人を見た

 

誰かが急いで毛布をかぶせた

 

どんどん人が逃げてくる

 

指定された避難所が近い

 

 

「ママ!ママ!」

 

小さな女の子が見える

行っちゃだめ

だめ、そっちは

 

小さな腕をつかんで

そのコを抱きかかえ

 

わたしはみんなが逃げていく方へ

 

逃げていく方へ

 

走った

 

 

燃える

 

燃える

 

燃える

 

燃える

 

 

 

走って

 

 

 

走って

 

 

 

 

地獄の中を

 

走った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日で200日目

 

わたし達の街の姿は 日に日に壊され消える

道は道と言うより

砂漠の中の様だ

 

わたし達はその道の上で眠る

 

病院も攻撃を受けて

病人と怪我人は 路上に溢れている

 

 

ネズミに逢えない

ずっと見つからない

 

 

ここは 親の無い子がたくさんいる

子供を失った親もたくさんいる

 

わたしは両親を失って

姉さんはまだ帰って来ない

 

 

 

夜になって

月を見上げる

奪われない 月を

 

見上げている

 

明日 のぼる 太陽も

 

誰も奪えない

 

 

ネズミ

 

ネズミ 出ておいで

 

陽がのぼったら

 

 

陽がのぼったら

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

風強い

 

電車遅延するかと思った

 

 

通勤時間は電車で一時間半

今日は早番じゃないから、早朝ラッシュに乗らなくてもいい

憧れのランドのキャストになって、4年

 

郊外の夢の国

新しいアトラクションを、また建設している

生き物みたいに変化していく

 

4年勤めて、それでも まだ正キャストじゃない

給料も、安くて

好きじゃないとやれない

親は理解してくれてるから いいけど 

 

ランドの最寄駅から 下りれば

別の世界

小さな世界 世界は一つ って歌う場所

 

……あ、新しいグッズ、早めに買っておかないと

妹の分と、兄貴の彼女の分

 

……あの女の子のコスプレかわいい

マジかわいい 癒される

 

……今日は来園者、エゲツないだろうな

 

ランドのエントランス・アナウンスがここまで聞こえる

今日は風が強い

 

「皆様の安全 第一に考え、ご入園前に お手持ちの荷物を確認させていただきます

皆様のご協力と ご理解を お願いいたします……」

 

 

外国人旅行者が

コロナ自粛終わって

めっちゃ増えたよね

 

こんな世界状況で…………

安く済む、この国がちょうどかしらね

 

最近、疲れるので

ネットニュース 見れない

 

私も どっか行きたいよ

 

 

風が強い

 

風が

 

 

 

 

 

「皆様の……」

 

 

「……安全を……」

 

 

「第一に…………考え…………」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

姉さんの居る北の、避難所になっている学校が

爆撃に合ったと

知らせが入る

 

詳しくはわからない

 

姉さんから、私の携帯に連絡が入らないかと

毎日待っている

姉さんの番号は つながらない

 

わたしが抱えて逃げた女の子は

いま、こっちの病院に居る

原因のわからない 熱が出ていて下がらない

 

この子の家族は、

この子を残して 皆 神様の元へ行った

 

爆弾には、化学物質が入っていると聞いた

それが身体にどんな影響があるのか

怖くて聞けない

 

身体のあちこちが爆弾で飛ばされて、無くなった人々が異常に多い

 

世界にこれらは 配信されている

 

 

見ているの?

 

爆弾作っている国も、

見ている?

 

わたし達に何の責任が有るの?

 

わたしは12歳で 学校に行かないで 

キャンプで暮らし、生きるための労働に出ている

 

 

昨日

女の子の為に 小さなリュックを手に入れた

人気のキャラクターが付いてるし

見せたら喜ぶかも

 

 

ネズミ

ネズミ

 

 

わたし今、

 

 

あんたのガールフレンドと一緒に居るんだよ

 

 

 

 

ンンンンンンンンンンブーーーーーーンンンンンンン

 

ヴヴヴヴヴ……

 

ヴヴ…………

 

ヴ……………………

 

 

 

 

 

 

オレら二人は

孤児なんだ。

 

出会って彼女との挨拶は確かそんな事だった。

 

お互い独りぼっちで、彼女は泣きながらそんな事を打ち明けて、

 

 

だから

 

一緒に

 

居ることにしたんだ

 

 

 

 

本人は入院のため不在です  ②

毎日人の惨殺死体の写真を目に入れながら自分の日常を書くのが難しい
パレスチナに停戦の決定は、今日まだ無い



数日探していて見つからない物がある。
それはコーゾーさんの美大時代の卒業制作のパンフレットか、卒業アルバムか、現物がいま見当たらないので定かじゃないのだけれど、
とにかくそんなものを探していて、見つからない。何処へ仕舞ったっけ?

パンフかアルバムには同級生たちが寄せ書きをしていて、その中に「油絵科は食っていけないぞ!」と、あった。
卒業を祝しているのか呪っているのかよくわからない。
「出所してもシャバは地獄だぜ」 みたいな感じだ。

コーゾーさんはM美術大学を卒業後、就職はしなかった

同じ大学で、短大デザイン科を先に卒業していた母は、コーゾーさんが卒業するより一足先に、銀座にあるデザイン会社に就職していた。
当時の写真を見ると、都心のデザイン事務所で働く母のOL姿はなかなかお洒落で、イキイキしている様に見えるのだけれど、実際はどうだったのだろう?

私が幼いころにも、近くの小さな広告事務所でデザインのパートをしていた母の姿はよく覚えている。
けれど、その仕事を好んでいたようには見えなかったので、当時もひょっとしたら似たようなものだったかもしれない。
デザインがさほど好きでは無かったのか、会社にすぐ疲れてしまっていたのかも定かではない。

人見知りの強い人だったので、会社勤めに自分は向いていないと早々に決めつけていたのかもしれない。
今更わからないことなので、すべては憶測になる。
私の幼いころも、デザインに関する母の本はそれなりに家にあったけれど、特別な愛着も無くただ「有る」と言う感じだった。

母の作品としてのデザインは最期まで見なかったが、絵を描いている姿は小学生の頃、2回だけ見た記憶がある。

一つは、沢渡明の写真集「ナディア」の、ナディアが花畑の中にかがんでいる写真を見ながら、絵にしていた。
家族が寝静まった一人の時間に、母はその絵を自分のデザイン机で描いていた。私は眠れなくて布団から抜け出し隣で見ていた。
「なんで、その女の人を描いているの?」とか「明日、学校に行きたくないな」とか「眠れない」とか隣で言っていた気がする。
母は我が子に自分時間を邪魔されたのだけれど、特に不機嫌でもなく「描いてみたくて」とか「学校は、でも行かなきゃね」みたいな事を淡々と答えていた記憶がある。 

デザイン机のスタンド光がまぶしく夜中の部屋を照らして、絵筆が紙にこすれる音がしていた。
画材は絵具以外の素材も使っていたけれど、私がよく知らないものだった。
そのうちあきらめて、私は布団に入ったのだった。

母は人付き合いの苦手な性格の人だった。
ある程度人とは付き合うけれど、気を使い過ぎて疲れてしまう。
勤め先の人間関係にも気づかれをよく発揮していて、かと言って「引きこもって休む」という考えは無く、そんな生活環境でも無いので、
娘が「学校行きたくない」と言っても、「嫌だろうけど行かなきゃ」と自分に言う様に答えていた。
不安定な生活も重なり、自分の鬱にも気付かないで母は何十年か過ごしていた。休日は寝込みながら仕事には出かけていた。

私は、母親がじぶんと同じくらいに日々通う場所が嫌いなのかと思うと不憫になった。
写真集『ナディア』を古本屋でたまに見かけると、懐かしさと共にこの頃の事を思い出す。
(眉毛の無いナディアさんに、小学生の私はうっすら鉛筆で眉毛を書いてあげた。特に怒られなかった)

写真集『ナディア』


もう一つの絵は、母がパンティー1枚になって三面鏡の前で自分の裸をデッサンしていた時のデッサン画だ。
たぶん、「自分の裸を作品にしよう」というよりも、デッサン教室に通う余裕も無かったので、自分をモデルに人物デッサンしていたのだと思われる。
ある日、母は鏡の中の裸の自分を鉛筆で描いていて、私は特にそれを異様だとは思わないで、描き上げた絵を眺めていた。
その昼間、家族は私以外に居なかったと思う。

母は、女性を描きたかった様だ。
そして、デザインと言うよりイラストを描こうとしていたみたいだった。
何に触発されたのだろうか?

記憶はこの二枚しかない。あとは、毎日せっせと家に持ち帰った広告のレタリングの仕事をしている姿しか、記憶に無い。




コーゾーさんの日記なのに、母親の事を書いている。
まぁ、でも父親を思い出す中にもれなく母親はついてくる。
どちらかというと、母親の方がじっくり思い出す。我が家の場合、それは仕方が無い。


社会に出てから暫くして、母は学生時代から付き合っていた男と結婚した。
その男は『絵描きになるために、4浪までして美大に入った』という、入学当初の意志をそのままを貫き、卒業しても就職はしなかった。
子供の為の絵画教室を保育時間外の幼稚園の教室を借りて始め、自身の創作活動にも励んでいた。

母は売れない絵描きと結婚したのである。

会社勤めを辞めてそこからふたり、力を合わせて歩んでいくはずだったが、
どちらかが、どちらかを無理やり引きずって歩んでいく……と言う感じになった。
波長は、正直ぜんぜん合ってなかった。
理想が崩れていった原因は、おおむね子供が生まれた事によって必要になる生活費だろう。

私は子供のころ、父親の職業が絵描きだと言うと、
「どういう所に絵(商品)を売るの?」と 
子どもの友達もさることながら、大人にまで尋ねられた事があった。
絵描きがどうやって食っていくのかなんて、大抵の人は知らないが、
その家の子供だって知らない。絵が売れた事が無いので。

自分の家の家計が「絵を売ってなりたっている」なんて事は絶対無いのは、
子供でも十分気づいている。

……あれ?なんでうちはお金を稼いでいるんだろう?

父親に尋ねるわけにいかない
……なんでか、尋ねちゃいけない

この人は、家族の為に絵を描いているわけでもない
でも、きっと全く家族の事が無い訳でもない
我が家は必死になって「芸術」を守っている

「レストランとか……喫茶店とか、そういう所で売れるんじゃないのか?馴染みのお客がつくといいしな」
質問に答えられない子供に、酒屋の友達のお父さんが勝手に憶測をつけといてくれた。

そうなのかな?
絵描きさんは、そうやって絵を売ってるのかな?
お酒の取引店みたいに……そうかそうか、お父さんの絵売れるといいな……



たしかに、コーゾーさんの職業にしている「絵画」を私が世間の中で確認できる最初の場所が、
茶店やレストラン、なんなら定食屋なんかの壁に見かける【名画の模造品】だった。

酒屋のおじちゃんも、きっとそんな風な所で日常「絵」を目にしていたのだろう。

埃やタバコのヤニで色あせて飾ってある、生活に溶け込んでいる「絵画」の存在。
レジの横のミニサイズのロダン彫刻の置物。そんな「美術」の存在。

店主が特にその作品が好きなのかはわからないが、【名画とされているので飾ってある】といった感じの扱い。

家族でよく上野の西洋美術館に出かけていたので、模造品ではなく本物の絵画は幼少期より見てはいるのだけれど、
美術館のある上野の街の、蠢く様なアンダーグラウンドインパクトの方が美術品よりも子供心に強烈だった。

私が幼いころはまだ、上野には戦争で足が無くなった傷痍軍人が居て、
アコーディオンを路上で奏でていた。
旧日本軍の軍服を着たその人は、まるでタイムスリップして来たように見えた。

地方の季節労働者と、動物園のパンダ目当ての観光客と、玄人筋の下町人と、ホームレスと、歴史文化の地層が入り混じっていて、
子供の頃の上野の印象は、今よりも怖く雑多だ。

その街の中の「絵画」の居場所がやはり喫茶店やら定食屋なのだった。
日本は美術学校はしっかりあって、海外カルチャーへの憧れが花開こうとしていたけれど、
現代の様な「アート」という存在の無い時代だ。
また、コーゾーさんと母は学生運動前夜世代だ

コーゾーさんはその頃から今まで、カタカナの「アート」創作をしたことが無いし、
底辺であっても、アンダーグラウンドに身を置いたことも無い。

最先端の「アート」は、自分の家族とは関わりは無かったし、
コーゾーさんは昔から最先端を軽薄だとみなしていた傾向にある。

それで、自分の父親の仕事の行きつく場所が、特に気にもされていない埃被った油じみた大衆店内の壁の中なのかと思うと、
とても心もとない気分だった。 大衆は芸術を求めている様には見えなかった。
いったいぜんたい、「芸術絵画」というものは、世界の何の為に存在しているんだろうか。
そんな気持ちになっていた。

大人になったら、この居場所が、もうちょっとわかるんだろう
大人になったら、「芸術の意味」が、わかってくるんだろう
絵を描くって 素晴らしいはずだ
なにが 素晴らしいって まだよくわからないけど
わかってきたら、お父さんを助けてあげよう
お母さんも、もうちょっと元気になるかもしれない

子供の頃は、そう思い続けて来たような気がする
その思いがどこかで残っていて、長谷川集平さんにも、コミットしたんじゃないかとも、思う
そう言う事でも無い とも感じる

ここばかりは自分の事として、まだハッキリよくわからない。


今、手元に無いのでタイトルを忘れてしまったのだけれど、
萩尾望都作品にあった、父子家庭の漫画が時より頭をよぎる。
いま読めないので、細かなところが覚え違いしているかもしれないが、
たしかこんな話だった

父親と暮らしている主人公の少年は自分の中で大切にしている天使のお話があった。
静かなある日、天使が吉兆を持って家に訪ねて来てくれる。

トン トン トン トン…… 天使が扉を叩いている……

少年は父親にとって、そんな天使が知らせてくれる吉兆の様な存在だと自分を思っている。
だから、父親がなかなか帰って来なかったりしても、自分を捨てたりしないと自分に言い聞かす
父さんと僕は うまくやっている
言い聞かす ……という事は、不安がある 

信じている 信じていたい

不安は的中してしまう
少年の母の不在は、父親の責任で罪だった。
酔っぱらった父は、少年の眼差しにうろたえながら
「そんな(軽蔑した)目で俺を見るな」と息子の首を絞めようとする

「あいつ(妻)と同じ目で 俺を見るな」

父さんにとって、僕は天使の知らせではなくて、
父さんを裁く存在でしかなかった かな

トン トン トン   トン トン トン

でも、僕がなりたかったのは……


誰かが扉を叩く


尋ねてくる    


夢の中だろうか
父親は消えてしまう






読んた時、漫画の父親にコーゾーさんがかぶる
こういう家族間の話は漫画で度々あったりするけれど、
読むたび 「この父親はコーゾーさんみたいだな」と子供の心に、思った。
度々ある という事は、 同じ境遇では無いにしろ、似た状況の子供がどこかに居るんだろう

悪人では無いけれど、家族を持てない性分

コーゾーさんは、よく私たち家族が居なくなる夢を見た と離婚前に言っていた。

離婚して、今の奥さんの元に行ったコーゾーさんは
死んだ母を よく裁く



このところ、

毎日人の惨殺死体の写真を目に入れながら

自分の日常を書くのが難しい

でも、この日常は遠く離れていても、つながっている 





日記を去年の2月の続きに戻そう


コーゾーさんの入院日は寒くて晴れていた。
朝の5時半に起きて、そのころはまだ生きていた犬に朝ご飯をあげて、
そのあとなんやかんや家の事や、家族を駅まで車で送迎した後、身支度を整え、7時半には家を出る。

二時間ほど車を走らせ、いつもの公団住宅街に着く
10階までエレベーターで上がり、インターフォンを押す。
コーゾーさんと奥さんはまだ朝食の最中だった。
着替えは済ませていたコーゾーさんはトーストを齧っていた。
正確には、半分齧ったトーストの前に座っていた。
その日の体温を計ってチェックシートに記入。
携帯と充電器の確認をし、カーディガンを荷物に入れて、
前の晩に兄から送られて来た、以前コーゾーさんがお世話になった画廊のオーナーさんからのメールを読んであげる。

コーゾーさんはうれしそうだった。
メールを読み上げると「今度は○○(メールをくれた画廊)で個展を開こう」と言っていた
つい先日に、「今回が終わったら、もういつ死んでもいい」と言っていたくせに

退院する頃には展示期間も終わってしまう
奥さんに、二週間の留守をお願いする。
その間、遠くに住んでいるお子さんが泊りにきてくれるらしい。
ヘルパーさんも来るし、まずは大丈夫そうだ。

ふたたび車を走らせ20分で病院に着く。
入院手続きを済ませ、病室へはコロナの影響で行かず、付き添いはここまで
「ゆっくり休む気分で行っておいで」と送り出す
迎えに来た看護師さんが荷物を台車に乗せて、コーゾーさんは上階へとエレベーターで上がっていった。

帰り、下界の私は国分寺に寄って定食屋でお昼を食べて、古い喫茶店に入る
茶店ではクラッシックが流れていた。 ビバルディの「春」だった。
まだ寒いけれど、春はもうすぐなのかな?

国分寺は日本初のヒッピーコミューンが出来た場所らしいけれど、
今はそういったカルチャーを表面上では見つけにくい。
たしか、村上春樹がジャズ喫茶を営んでいた場所でもあったと思う。

杖をついている老人を見かけると、コーゾーさんが浮かぶ 
コーゾーさんと母は、神奈川の田舎では無く、せめて国分寺のある武蔵野で結婚生活を始めたら何か違っただろうか
……まぁ、変わらないかな
八王子の今の奥さんとの生活が、やはり収まる場所だったのかな……

古本屋で本を買って帰った

それから、二週間は入院生活のはずだった
けれど、入院中の規則正しい食事管理と薬管理と運動で、あれよあれよとコーゾーさんの血糖値は下がり、
予定よりも3日早く退院できると病院から電話が来る。
そのすぐ後にコーゾーさんからも電話が来た。
「もう退院していいよってお医者さんが言ったから、明日お昼前には来てね」
「明日じゃないよ 明後日」
「あれ?そうかなぁ……じゃあ明後日、早めに来て」
「……うん、はいはい……じゃあ明後日ね」 電話を切る

ちょうど個展の最終日1日前に退院できる。
という事は、退院で迎えに行って、翌日も搬出の為に続けて八王子に行くのか……
「早めに来て」じゃないよ、まったく
普段のあなたの不摂生の結果で、こっちはバタバタしてるのに と、イライラした。
帰って来たら毎日の薬を一包化できるよう用意しないと……
百均で小分けの袋と、薬が入れられるポケット式のカレンダー掛けを買った。

個展の搬出の日は、奥さんのお子さんの義理兄弟と、兄も来た。
搬出時間になるまで、同じ建物のカフェでお茶をして待つ。
コーゾーさんは義理兄弟に、数日後に控えている膀胱がんの手術について神妙な顔で話す。
胃がんほど酷くないから、そんなに心配しないで大丈夫だよ。30分ぐらいで終わるよ」
と言うと、「おまえはいつもわかっていない 手術はいつでもどこでも苦しいのだ」と諭される。

コーゾーさんは心配されたい
けど、すごく心配されて怒られるのは嫌なので、子供からの叱責から逃れたいときは
「いつ死んでもいい、自由でいたい」と、言だす。 

そろそろ作品を外して撤収しないとならない時刻になって来た
会場に戻ると、70代ぐらいの女性が一人やって来た。
DMを図書館で見たらしい
とても元気におしゃべりする女性だったけれど、
最近、夫を脳腫瘍で亡くしてショックが抜けずにいたと言う。

「先生の絵で元気をもらいました」と、
コーゾーさんに女性は握手を求めてきた。
花の絵をとても気に入っていて、ぜひ買いたいけれど年金暮らしなので無理だわ……と残念がっていた

彼女の部屋に絵があったら素敵だろうな と思った

コーゾーさんは、女性の言い値で絵を売りたがっていたが、この公共施設での売買は初めから禁止されていると、兄に言われて引き下がった。

自分の絵で誰かに元気つけられて、
83歳の爺さんは帰り道、興奮していた

借りたその場所は、女性の様な老後の時間に利用する人が割と多いので、
期間中はどうやら似たような後期老年の施設利用者がコーゾーさんの絵を見ていてくれた様だ。


「退院が個展最終日に間に合って良かったね、あの女の人にも会えたし」
と兄が言った

「個展やって、やっぱり良かったね」

と、コーゾーさんの子供二人は言った











「アノ人、旦那さんが最近に亡くなったみたい」

最近、そんな話をよく聞く

「ずっと、いっぱい泣いたんだろうなって瞳をしてたけど、ちょっと元気出て来たかな」

そうだったんだ 言われてみれば
気づかなかった まだ若かったね

「あたしも、後で知ったんだけどさ」



人は日常で、そんなに自分の事を世間に向けて話さない
セルフドキュメンタリーなんて、つい最近のジャンルだ



「ダンナ死んだら、あたし家はもう要らないな」

うん、いらない

「帰って、家の中の物なんにも動いて無いんだよ 一人になるとさ」

そうね

「無理無理、耐えらんない。遺品整理とか絶対やる気ないよ」

うん

「部屋も 一人でいくつもいらない」

子供も出てるだろうしね

「家、要らないね」



これが一般の意見と思ってい無い事は、先にことわっておく



あたしさー、ダンナより先には死なないでがんばろうって思ってんのよ

「男が取り残されたら、腐っちゃうからね」

ね?うちのダンナが子供とうまくやれると思えないし

「うちもかな」

でもさー、ダンナ看取るまでがんばって……その後のことは考えらんないね

「どうしてんだろうね」

ねぇ?どうしてんだろ 
がんばろうとは思ってるけど、その後の覚悟は無いよ

「自分の必要な物だけ持って、どっかアパートに脱出するわ、あたし」




この間、友達とこんな会話をしてた。
友達の言った「脱出する」って、思い出すとなんだか奇妙で笑ってしまう

それに、二人とも先に死んで寂しい想いはさせない という愛情のつもりで言ってはいるものの、
「あんたより長生きするわよ」と各々の夫たちには受け止められかねない
だいたい、死を そんなにコントロールできる保証なんか無い

なにが起きるかなんて、わかったもんじゃないはずで
それでも話していた時は、切実な気持ちだった


それまで帰るはずの場所から、脱出するって なんだろうか

私には、家族が守ろうとしたコーゾーさんの「芸術」を 大人になっても未だに 上手く答えられないままで
さらに「家」も
子供の頃よりも、シンプルにならない物事に加わっている




コーゾーさんの日記はここで終わる
奥さんが倒れ、コーゾーさんが胃がん手術をしてから、約二年ほど経過した
二人はいまのところ元気で
広い公団住宅街の高層階で
二人で一人前の生活をしている



介護生活は
たぶん もう少し続く


保障は無い
ラッキーであれば 


それは、続く




停戦は 今日まだ訪れていない

本人は入院のため不在です ①

 

 

日記をめくると、コーゾーさんの個展の搬入は20023年の2月始めだと書いてあった。

そうだ、そうだ、2月1日だったね。

コーゾーさんの、コーゾーさん曰く最後の個展「令和5年 八十三歳 爺」

 

令和5年に、83歳の爺さんが画いた絵 と言う意味

そのままの意味

 

作品は水彩画が6点。さほど搬入の手間も無いのだけれど、兄が手伝いに来た。

 

数週間前に突然「DMも作って配りたい」と言い出したコーゾーさんの要望にも兄は応えて、デザインして用意してくれて(デザインが彼の仕事)会場周りの店にDMを置いてもらうように回ってくれていた。

そういえばコーゾーさん宅を掃除していた時、配りきらなかった過去の個展DMが山の様に出てきたが、いつも作るだけで大して配らなかったのだろう。

最後の個展が、ひょっとしたら一番マメにDM配りをしていたかもしれない。

そのDM配りの効果が早速、搬入日に現れる。

借りる展示スペースの受付を済ませ、作品を持って行くと60代ぐらいの男性が居た。

場所が公共施設の休憩ソファの前なので、はじめ休憩中の人なのかと思ったが、

「置いてあったハガキを見かけて手伝いに来た」と声をかけてくれた

聞けば、その方もよくこのスペースで写真作品を展示されている地元の常連さんで、他の人の展示にも時間が有ればボランティアで同じように手伝いに来られるそうだ。

そんなに大変な搬入でもなかったのだけれど、思いもよらない声かけに親子で癒される。

作品設置はすぐに済んでしまい、コーゾーさんは暫く男性と話していた。

大して世間に相手にされずに来たコーゾーさんは、男性の心遣いがとてもうれしそうだった。

表で開けば、どこかで繋がりが出来てくるものなので、もっと元気なうちにここを利用すれば良かったのだろうけれど、(たぶん)これで最後なのだった。

男性は自分のメールアドレスを教えてくれて「また何かされるときは連絡ください」と言って去って行った。

 

ここから二週間、スペースを借りられる

けれど、その途中からコーゾーさんは再び入院となる。

膀胱がんが見つかったために。がんといっても、前回の胃がんとはステージが違い、こちらは初期なので直ぐに終わる手術だった。

手術は、奥さんが最初に運び込まれた総合病院の泌尿器科にした。

 

総合病院の検査結果で、またまた酷い血糖値と分かり、血糖値を調整しないと手術は出来ないと判明する。

糖尿病の検査結果に、私は不機嫌になった。

コーゾーさんは隠していた悪い点数のテストが見つかった様にきまり悪そうにしていた。

 

「ねぇ、退院後に食事制限しなさいよって言ったよね?」

「……いいんだよ……別に長く生きるつもりないし」

 

なんだよそれ

じゃ、手術もいいじゃない

年始から、連日ここまで何回も往復している身になりなさいよ

好きな事をしていたいなら、助けも呼ぶなよ 

……を、言わないようにする 不機嫌な顔のまま

言っても良いんだろうけど、もう少し後にしよう

 

手術も全部終わって、落ち着いたらさ……

 

仕方が無いので、泌尿器科の手術を血糖値調整できる期間に合わせてもらうために、元の糖尿病科へ相談する。

通っている糖尿病科は手術する総合病院とは別なので、その先生に直接総合病院の泌尿器科へ連絡を取ってもらう……というよくわからない手間。

手術をする総合病院では、同じ病院内でも科が違うと医師同士の連絡は取らないらしい。

なぜなんだろう?未だに謎だ。

医師から言われた手術スケジュールに合うように、同じ病院内を患者自ら日程調整しないとならない……らしい。

総合病院全てがそういうものなのか良くわからないけれど、こんな事一つとっても「高齢者一人でそんな手続きできる?」と、不満になる。

 

かかりつけの糖尿病科の先生は

「薬を処方してお父さんが自宅で血糖値下げるのはちょっと無理でしょう。出来ていたら上がってないですから」と、ごもっともな説明をされ、「かといってこちらで血糖値調整の入院して、また他の病院に入院というのも負担でしょうから僕から連絡とりますよ。その病院なら知っている先生が居ますので」とおしゃっていただき、どうにか手術前までに血糖値調整の為の入院日程が決まった。

その日が、2月6日から17日までの予定

この流れで手術へ……を望んでいたけれど込み合っていたらしく、結局少し日を置いてからまた手術入院となった。

 

どうもスッキリしないけれどそんな段取りである

 

「個展中は入院は避けられると思ったんだけどなぁ」

「血糖値上がってなかったら、そうなってたよ」

 

うん、うん……と頷いていた。(でも反省とかはしていない)

 

DMが出来上がった時、コーゾーさんはかかりつけの消化器科と糖尿病科の先生にDMを渡したがった。診察の後に「先生、じつは今度個展を開くので……」とポケットからオズオズとハガキを取り出した。

お二人とも「あらら、すごい」とか「へぇー絵6枚描いたんですか⁈ 体力、大丈夫でした?」とか感心したり驚いたり、心配したりしながら受け取っていただいた。

手術後まだ半年くらいしか経っていない間に6枚描いていたので、心配されたのだろう。

コーゾーさんは自慢げだった。

 

いつもヨボヨボで、左半身引きずっていて、話の要領もはっきりしない老人が「絵の個展を開きました」と言い出すと、それは「え?」という反応になる。

 

そのあと精算受付の間に、「入院病棟のナースステーションにも、何枚か置いてもらってくる」と言い出したので、「今コロナで部外者は行っちゃいけないし、ナースステーションはそういう所じゃないよ」と言って聞かす。

この時の不満げなコーゾーさんの顔にイラっとする。

でも懲りず帰り道に、前に通院していた病院に寄ってくれと言い出す。

「受付には置けないと思うよ」

「いや、知り合いの薬剤師の彼に渡しに行くだけだから」

知り合い? ……あ、絵をあげた薬剤師さんか……

 

受付に置かせてくれとは言うなよ飲食店じゃ無いんだから と、説得しながら、かつてのかかりつけの病院にコーゾーさんを下ろし、駐車場で待った。

そこはコーゾーさんが脳梗塞で倒れて始めに運び込まれた病院で、いつも混んでいた印象だったけれど、その日は私の車だけが広い駐車場にポツンとあった。

初めて来たのは真夏で、子供達がまだ小さくて二人とも連れて行ったんだった。

その晩は、子供達と母の居る実家に泊った。

父の様態を聞きながら、母は精神のバランスを崩して急にヒステリーを起こしながら結婚写真をハサミで切り刻んだ。

 

母が死んで7年後のこの日、1月の空は曇りで寒かった。

20分か30分ぐらいしてから、コーゾーさんはニコニコ機嫌よく戻って来た。

「受け取ってくれた?」

「うん、すごいねー個展なんてって言われちゃってさ、話込んじゃった」

「良かったね」

コーゾーさんは上機嫌だ

 

 

個展初日、コーゾーさんは興奮していた

いつもは時間にルーズな人だけれど、この日は朝から気がたっていた。

私は、何かの用事でコーゾーさん宅に行ったのだけれど、何の用だったのかは思い出せない。たぶん、後に控えている入院に関してだったと思う。

その時に、薬の飲み残しが大量に見つかったので、入院用に荷物を用意しに行って、提出する常薬もチェックをしたんだと思う

 

「ちゃんと薬飲んでないから血糖値下がらないんじゃないの?」

「毎日飲んでるよ」

 

じゃあ、なんで3,4か月分はまるまる残ってるのよ

と、問い詰める

 

「量が多すぎるんだよ!おかげで副作用が酷いよ!」

「副作用が出るのは抗がん剤でしょ?なんで普段の薬がこんなに残ってるのよ」

「多すぎるよ!」

「あのね、薬飲まないで低血糖予防に甘いのだけ取ってる人が何言ってるの?」

 

医学が至らないので、コーゾーさんはせっせとお菓子を食べ健康を気遣っている

 

一回に7錠ほど、一日3回

朝に飲む薬と昼、夜に飲む薬の内容も違う

単純に、コーゾーさんは薬の管理が出来ないのだ。めんどくさくて

……めんどくさいでしょうね

 

一包化を薬局に早めに頼めばよかった

「自分で出来る」という、コーゾーさんを鵜呑みにしないで

せっせと右手だけで一錠ずつ切り分け、ピルボックスに仕分けして、箱に『朝・2錠』とか、『昼・1錠』とか油性ペンでよれよれの字で記入して、薬の量は術後何倍にもなり、それを今までの箱に仕分けしようとし、仕切れなくなり、を予測してたしな

崩壊した薬管理の未来をどうするか、コーゾーさんが考えるわけないのである。

 

奥さんに片手ほどの小さいタッパーを借りて(掃除した時にソレがあるのは知っている)とりあえず昼の分の薬を入れてコーゾーさんのコートのポケットに入れる。

 

「パンかなんかでもいいから、お昼食べたらコレ飲んでよ」

と言う

 

はいはい と言う顔をして、コーゾーさんは個展会場へ向かった

私は、奥さんに挨拶してそのまま帰った

 

数日後、入院の為の糖尿病診察でコーゾーさんを車で迎えに行く。

個展の様子はどうだと尋ねると、コーゾーさんはうれしそうに

「○○が来たよ」と、旧友の名前を言った。

その人は、胃がん手術前に手紙を出していた人だった

 

「来てくれたんだ」

「うん、あいつも歩くのも大変なんだろうけど、来てくれた」

「へぇそうなんだ。わざわざ来てくれたんだね」

「うん、お前この齢で凄いなって言ってくれたよ やりたい事があって凄いって」

「そうだね」

「話が盛り上がってさ、夕方に〇子(奥さん)も来て、外でご飯食べて帰ったよ」

「良かったね」

「うん、薬も飲んだよ」

「……うん……ははは……」

 

コーゾーさんは

夕暮れに迎えに来てくれる人と、

描きたい絵があって

身体引きずってでも来てくれる友達が居て

すごいって褒めてもらって

 

まったくもって 無名で

 

なんか色々と欠けていて

 

ラッキーな人だよ

 

たぶんね

 

 



 

 

 

kouzousannokotoの「かたずけ」を先にしましょうか

 

 

昨日は去りました 明日はまだ来ていません。わたしたちはただ、今日があるのみ。

さぁ、始めましょう

                          マザー・テレサ

 

ついこの間「今の私のネット環境を一掃しよう」と思った。

それはいきなり思い立ったわけではなくて、ずいぶん前から考えていた事ではあったのだけれど、この間その決断をした。

【結局、同じ環境のまま続けているから、ゲームから出られないのだ】という結論に達した。

 

新たな作品に挑んでも、過去作品の対峙にされるのがオチである。対峙されていく欲望を私からではコントロールは出来ない。

たから、「かたずけ」をすることにした。

 

一掃とは、部屋の中をきれいにする という事ではない

私自身が外れていく事である。

私をかたずける。

 

そんな訳である程度目途をつけてから、私は今のネット環境から出ていく事に決めた。

 

ずっと続けていたのも、いつかは全貌が分かるかもしれない、または辞めたら一生全貌は分からないままなのかもしれない、という不安や迷いがあったから。

 

けれど、そんな事はもうどうでもよい事だと、前にも増して強く感じる様になっている。

 

『あのコは加工肉が好き』を完結させたら、私は出て行こう

二度と、同じような形で作品を公表するのは辞めよう

再びネットに現れても、今までネット内で知られた人々には見つけられないぐらいは遠くに出て行こう

 

そう決心している。

 

ゲームに知らない間に入れられていて、私は今まで理解していた世界を失ってしまうと感じた。

失ったまま耐えられるだろうか…とてもじゃないけれど耐えられやしないと思っていた。

けれど、ここ最近の世界のありようを目の当たりにするにつけ、最初から自分が信頼していた世界など、存在していなかったのだと嫌と言うほど教えられた。

 

もういいんじゃないか…と辞める方向を考えていた2023年、10月7日にハマス内の軍隊からイスラエルへの奇襲攻撃があった

そこから、200日経たないうちに3万人近くのパレスチナ人がイスラエル政府によって殺されている 

殺人の背景にはアメリカを筆頭格に西欧が存在している

日本は、アメリカの支配下としてそこに加わったままでいる 

救助はなにもせず、ハマスへの支援金の停止に加わり、メディアは最初のうち悲惨な医療事情を報道したものの、外国人医師たちがパレスチナから避難帰国するあたりからパレスチナの事を報道しない。

だいたい、ウクライナ戦争に対しても最近は大して報道していない

あんなに対ロシアをアピールした親ウクライナの日本でも(ウクライナにはあまりそう思われていないかもしれない)実際の戦争が反人道に即している面が濃くなると、ピタリと扱いは止んだように思える。

戦争の【本当の顔】を知られる事を恐れている様に

 

それで、岸田総理はアメリカで「日本は軍事費を増大させた」と意気揚々と演説し、今年始めに起きた能登半島大震災の被災援助金は出さないでいる

 

【信頼】など、存在していない

そうそう

存在していないけれど、私はゲームの中で【信頼】について考えていのだった

(それは今も辞めていない)

なんて間が抜けているのだろうか

(しかも懲りずに続けている)

 

パレスチナでの虐殺犠牲者は殆どが子供と女性。大半がハマスではない一般市民

民族浄化による虐殺が公然と行われていても、国際社会の反応は敏速にいかない。

これらの残虐行為は10月7日を境に始まった訳ではない

70年近く続いた大国も関わるパレスチナ人への略奪行為が、半年前につながって、以前に無いくらいにクリアになった。

 

全てネット社会の変化に乗って

世界中のケータイの【私的サイズ画面】に、

ジェネサイドの様子がタイムリーに流れてくる

自分の部屋(画面)の中に飛び込んできたニュースに

声を上げる世界中の多くの一般市民

しかし、国際状況はそれでも恐々として進まない

支配層は、この変化に気付かないまま戦闘に突入したようだ

 

アメリカの今の大統領は歴代最高齢

おじいちゃんが時代に乗っていないのは仕方が無いのか

……それが世界のリーダーらしい

 

この状況でいつまでもゲームの中に居る場合ではない

【信頼は存在していない】という点で世界とゲーム内はつながったわけだから

ここに居る必然性は更に日に日に薄れてきた

本当に、全貌などどうでも良いのだ

 

それで、『あのコは加工肉が好き(間借り)』を考えながら、kouzousannokotoの日記を書いているのに、やはりまどろっこしくなる。

というか、kouzousannokotoの日記も辞めないと、また見つけられてしまうではないか。

 

コーゾーさんの日記は、長くなるであろう介護の日常と、困った人間である実父コーゾーさんへの鬱屈を解消する為に、個人的に始めた。

鬱屈と言っても、それでもこの日常は愛すべきものだという事は、わかりきっている。

私の生活風景は、災害で、戦争で、まだ奪われていない

人間が「老いていく」という憂いに訪れる先の死は、私の生活の中では、まだやさしさも含んでいる

コーゾーさんは社会から捨てられずに済んでいる

相手にはされないで来たとしても……だ

 

これが全ての人間に与えられないというのは、

あってはならないはずなのだ

少なくとも神さまは、そんな事は望んでいない

 

……あ、今のアメリカ大統領はコーゾーさんとあまり年齢が変わらない

 

 

 

さて

 

さてさて…さて

 

コーゾーさんの話はどこまでしていたんだっけ

(前回までを読み直す)

……去年の正月まで書いたのか

……去年⁈今年の正月じゃなくて、去年までか……もう日記じゃ無いな

 

とにかくどんどん かたづけて行こう

次回に続く

 

 

写真、上から順番に

 

 

尊厳ある死を迎える為にマザーテレサが建てた「死を待つ人の家」

それらと反対の世界にある

パレスチナイスラエル軍によって破壊されたシェファ病院

200日続く虐殺と戦火の中で悲鳴をあげている、パレスチナの医療関係者のメッセージ

そして「頭の無い状態」「皮膚の無い状態」の遺体が発見され、その中のいくつかは臓器が盗まれている と報告されたイスラエルによる戦争犯罪の報告記事

 

反対にある と書いたが、「死を待つ人の家」は暴力からほど遠い場所から建てられた訳ではない

その中から建てられた

医療や福祉は我々の宗教を超越した発見だ

そして、神さまは

人間への尊厳の無い死など、全く望んでいない

 

背いているのは誰だ