kozosannokotoの日記

コーゾーさん81歳、左半身不随意、売れない絵描き。そのコーゾーさんの娘が書く介護日記です。

本人は入院のため不在です ①

 

 

日記をめくると、コーゾーさんの個展の搬入は20023年の2月始めだと書いてあった。

そうだ、そうだ、2月1日だったね。

コーゾーさんの、コーゾーさん曰く最後の個展「令和5年 八十三歳 爺」

 

令和5年に、83歳の爺さんが画いた絵 と言う意味

そのままの意味

 

作品は水彩画が6点。さほど搬入の手間も無いのだけれど、兄が手伝いに来た。

 

数週間前に突然「DMも作って配りたい」と言い出したコーゾーさんの要望にも兄は応えて、デザインして用意してくれて(デザインが彼の仕事)会場周りの店にDMを置いてもらうように回ってくれていた。

そういえばコーゾーさん宅を掃除していた時、配りきらなかった過去の個展DMが山の様に出てきたが、いつも作るだけで大して配らなかったのだろう。

最後の個展が、ひょっとしたら一番マメにDM配りをしていたかもしれない。

そのDM配りの効果が早速、搬入日に現れる。

借りる展示スペースの受付を済ませ、作品を持って行くと60代ぐらいの男性が居た。

場所が公共施設の休憩ソファの前なので、はじめ休憩中の人なのかと思ったが、

「置いてあったハガキを見かけて手伝いに来た」と声をかけてくれた

聞けば、その方もよくこのスペースで写真作品を展示されている地元の常連さんで、他の人の展示にも時間が有ればボランティアで同じように手伝いに来られるそうだ。

そんなに大変な搬入でもなかったのだけれど、思いもよらない声かけに親子で癒される。

作品設置はすぐに済んでしまい、コーゾーさんは暫く男性と話していた。

大して世間に相手にされずに来たコーゾーさんは、男性の心遣いがとてもうれしそうだった。

表で開けば、どこかで繋がりが出来てくるものなので、もっと元気なうちにここを利用すれば良かったのだろうけれど、(たぶん)これで最後なのだった。

男性は自分のメールアドレスを教えてくれて「また何かされるときは連絡ください」と言って去って行った。

 

ここから二週間、スペースを借りられる

けれど、その途中からコーゾーさんは再び入院となる。

膀胱がんが見つかったために。がんといっても、前回の胃がんとはステージが違い、こちらは初期なので直ぐに終わる手術だった。

手術は、奥さんが最初に運び込まれた総合病院の泌尿器科にした。

 

総合病院の検査結果で、またまた酷い血糖値と分かり、血糖値を調整しないと手術は出来ないと判明する。

糖尿病の検査結果に、私は不機嫌になった。

コーゾーさんは隠していた悪い点数のテストが見つかった様にきまり悪そうにしていた。

 

「ねぇ、退院後に食事制限しなさいよって言ったよね?」

「……いいんだよ……別に長く生きるつもりないし」

 

なんだよそれ

じゃ、手術もいいじゃない

年始から、連日ここまで何回も往復している身になりなさいよ

好きな事をしていたいなら、助けも呼ぶなよ 

……を、言わないようにする 不機嫌な顔のまま

言っても良いんだろうけど、もう少し後にしよう

 

手術も全部終わって、落ち着いたらさ……

 

仕方が無いので、泌尿器科の手術を血糖値調整できる期間に合わせてもらうために、元の糖尿病科へ相談する。

通っている糖尿病科は手術する総合病院とは別なので、その先生に直接総合病院の泌尿器科へ連絡を取ってもらう……というよくわからない手間。

手術をする総合病院では、同じ病院内でも科が違うと医師同士の連絡は取らないらしい。

なぜなんだろう?未だに謎だ。

医師から言われた手術スケジュールに合うように、同じ病院内を患者自ら日程調整しないとならない……らしい。

総合病院全てがそういうものなのか良くわからないけれど、こんな事一つとっても「高齢者一人でそんな手続きできる?」と、不満になる。

 

かかりつけの糖尿病科の先生は

「薬を処方してお父さんが自宅で血糖値下げるのはちょっと無理でしょう。出来ていたら上がってないですから」と、ごもっともな説明をされ、「かといってこちらで血糖値調整の入院して、また他の病院に入院というのも負担でしょうから僕から連絡とりますよ。その病院なら知っている先生が居ますので」とおしゃっていただき、どうにか手術前までに血糖値調整の為の入院日程が決まった。

その日が、2月6日から17日までの予定

この流れで手術へ……を望んでいたけれど込み合っていたらしく、結局少し日を置いてからまた手術入院となった。

 

どうもスッキリしないけれどそんな段取りである

 

「個展中は入院は避けられると思ったんだけどなぁ」

「血糖値上がってなかったら、そうなってたよ」

 

うん、うん……と頷いていた。(でも反省とかはしていない)

 

DMが出来上がった時、コーゾーさんはかかりつけの消化器科と糖尿病科の先生にDMを渡したがった。診察の後に「先生、じつは今度個展を開くので……」とポケットからオズオズとハガキを取り出した。

お二人とも「あらら、すごい」とか「へぇー絵6枚描いたんですか⁈ 体力、大丈夫でした?」とか感心したり驚いたり、心配したりしながら受け取っていただいた。

手術後まだ半年くらいしか経っていない間に6枚描いていたので、心配されたのだろう。

コーゾーさんは自慢げだった。

 

いつもヨボヨボで、左半身引きずっていて、話の要領もはっきりしない老人が「絵の個展を開きました」と言い出すと、それは「え?」という反応になる。

 

そのあと精算受付の間に、「入院病棟のナースステーションにも、何枚か置いてもらってくる」と言い出したので、「今コロナで部外者は行っちゃいけないし、ナースステーションはそういう所じゃないよ」と言って聞かす。

この時の不満げなコーゾーさんの顔にイラっとする。

でも懲りず帰り道に、前に通院していた病院に寄ってくれと言い出す。

「受付には置けないと思うよ」

「いや、知り合いの薬剤師の彼に渡しに行くだけだから」

知り合い? ……あ、絵をあげた薬剤師さんか……

 

受付に置かせてくれとは言うなよ飲食店じゃ無いんだから と、説得しながら、かつてのかかりつけの病院にコーゾーさんを下ろし、駐車場で待った。

そこはコーゾーさんが脳梗塞で倒れて始めに運び込まれた病院で、いつも混んでいた印象だったけれど、その日は私の車だけが広い駐車場にポツンとあった。

初めて来たのは真夏で、子供達がまだ小さくて二人とも連れて行ったんだった。

その晩は、子供達と母の居る実家に泊った。

父の様態を聞きながら、母は精神のバランスを崩して急にヒステリーを起こしながら結婚写真をハサミで切り刻んだ。

 

母が死んで7年後のこの日、1月の空は曇りで寒かった。

20分か30分ぐらいしてから、コーゾーさんはニコニコ機嫌よく戻って来た。

「受け取ってくれた?」

「うん、すごいねー個展なんてって言われちゃってさ、話込んじゃった」

「良かったね」

コーゾーさんは上機嫌だ

 

 

個展初日、コーゾーさんは興奮していた

いつもは時間にルーズな人だけれど、この日は朝から気がたっていた。

私は、何かの用事でコーゾーさん宅に行ったのだけれど、何の用だったのかは思い出せない。たぶん、後に控えている入院に関してだったと思う。

その時に、薬の飲み残しが大量に見つかったので、入院用に荷物を用意しに行って、提出する常薬もチェックをしたんだと思う

 

「ちゃんと薬飲んでないから血糖値下がらないんじゃないの?」

「毎日飲んでるよ」

 

じゃあ、なんで3,4か月分はまるまる残ってるのよ

と、問い詰める

 

「量が多すぎるんだよ!おかげで副作用が酷いよ!」

「副作用が出るのは抗がん剤でしょ?なんで普段の薬がこんなに残ってるのよ」

「多すぎるよ!」

「あのね、薬飲まないで低血糖予防に甘いのだけ取ってる人が何言ってるの?」

 

医学が至らないので、コーゾーさんはせっせとお菓子を食べ健康を気遣っている

 

一回に7錠ほど、一日3回

朝に飲む薬と昼、夜に飲む薬の内容も違う

単純に、コーゾーさんは薬の管理が出来ないのだ。めんどくさくて

……めんどくさいでしょうね

 

一包化を薬局に早めに頼めばよかった

「自分で出来る」という、コーゾーさんを鵜呑みにしないで

せっせと右手だけで一錠ずつ切り分け、ピルボックスに仕分けして、箱に『朝・2錠』とか、『昼・1錠』とか油性ペンでよれよれの字で記入して、薬の量は術後何倍にもなり、それを今までの箱に仕分けしようとし、仕切れなくなり、を予測してたしな

崩壊した薬管理の未来をどうするか、コーゾーさんが考えるわけないのである。

 

奥さんに片手ほどの小さいタッパーを借りて(掃除した時にソレがあるのは知っている)とりあえず昼の分の薬を入れてコーゾーさんのコートのポケットに入れる。

 

「パンかなんかでもいいから、お昼食べたらコレ飲んでよ」

と言う

 

はいはい と言う顔をして、コーゾーさんは個展会場へ向かった

私は、奥さんに挨拶してそのまま帰った

 

数日後、入院の為の糖尿病診察でコーゾーさんを車で迎えに行く。

個展の様子はどうだと尋ねると、コーゾーさんはうれしそうに

「○○が来たよ」と、旧友の名前を言った。

その人は、胃がん手術前に手紙を出していた人だった

 

「来てくれたんだ」

「うん、あいつも歩くのも大変なんだろうけど、来てくれた」

「へぇそうなんだ。わざわざ来てくれたんだね」

「うん、お前この齢で凄いなって言ってくれたよ やりたい事があって凄いって」

「そうだね」

「話が盛り上がってさ、夕方に〇子(奥さん)も来て、外でご飯食べて帰ったよ」

「良かったね」

「うん、薬も飲んだよ」

「……うん……ははは……」

 

コーゾーさんは

夕暮れに迎えに来てくれる人と、

描きたい絵があって

身体引きずってでも来てくれる友達が居て

すごいって褒めてもらって

 

まったくもって 無名で

 

なんか色々と欠けていて

 

ラッキーな人だよ

 

たぶんね